閉鎖病棟へ入院[8]


「点滴中でも電話には出られるということだったので、連絡です」


課長の話は、そう始まりました。
「2週間も休みを取るのは、ふつうは会社の許可をとってからです。
 診断書は出ていますか?すぐに書いてもらって、提出して下さい」


さらに事前申請からメールの不在設定まで

これだけたくさんの手続きが必要だとメモを読み上げる。

「はい」「はい」と聞いていると


「突発性難聴は、○○さんも○○さんもなったと聞いていますが
 入院したなんて聞いたことがありません」

 

「先生に 『この治療はスピード勝負で、僕だったら今日からすぐ入院する』
と言われたので、夫と相談してそのようにしたんですが・・・」
 

「医者は早く入院するように言うのは、あたりまえでしょう。
 倒れて緊急入院だとか、高熱で動けないわけでもないんだから
 今日から入院するなんてありえません!」

 

「・・・・・・・・・・」

 

「専業主婦じゃないんだから、会社に勤めている以上
 みんなに迷惑かれけないようにするのは、社会人として当たり前です。
 パコさんは、そういう気づかいも言葉も欠けてます」


「・・・すみません。私も先生に今日から入院と言われて混乱していて
 病気の事もまだよくわかってなくて・・・」


「これだけ迷惑をかけているのに、パコさんの態度はあまりに反省がないです」


課長の話は、どんどん怒りがあらわになっていきました。

 

 

私の対応が悪いというのは事実でしょうけど、とにかく私は疲れていました。
体調の悪さと病気に対する不安もあって、まともに話すことができませんでした。
課長の叱責は、いつまでも続きました。


「すみません。
 あの、私は体調が悪くて、今点滴をしているんですが・・・」
と、私は壊れたように、何回も何回もこのセリフを繰り返しました。

 

「・・・とにかく必要な手続きについて、連絡をさせてもらいました。お大事にして下さい」


「・・・はい。お手数をおかけして、すみません」


時計を見ると20分程のことでしたが、本当にしんどくて、とても長く感じました。

 

 

その夜、私は病院のベットで一睡もできませんでした。


課長のあまりの剣幕に、感情が高ぶって眠れなかったのです。

 

深夜、見回りの看護師さんに「どうされましたか?」と声をかけられました。
「実は、上司に入院の話をしたら、仕事どうするんだって怒られて
 いろいろ考えちゃって・・・」
と、私は笑って言うつもりでしたが、涙がこらえきれずに泣き出してしまいました。


とにかく精神的にとても不安定でした。

 

 

 

課長の心の中叫びはわかっています。


『 なんで、私と同じように考えて、同じように行動できないの!
 私なら、仕事のことを考えて、絶対に入院しない!
 少なくとも、準備が出来てから入院するのが、普通でしょ!』

 

私は叫ぶ。


『 私とあなたは考え方が違います!
 あなたはいつも私の考えを否定しますよね。
 私は会社より自分の体を大切にすることを選ぶんです!』

 

『 ・・・私は、そんなに仕事をおろそかにする人間ですか?
 20年以上同じ事務所で働いてきて、課長の私に対する評価はそれですか?
 私は自分がいつ倒れても極力支障がないように、仕事は分りやすく整理してます。
 マニュアルだって、私が誰よりしっかり準備しているのは知ってますよね 』

 

憤りと悲しみで、心が真っ黒になりました。

 


・・・私が夜眠れなくなったのは、この日からです。

 


課長は女性として会社の先輩として、私はとても尊敬しています。
けれど、私はあなたの一部ではなく、あなたとは別人格で
必ずしも同じ考え方はできません。

 


でも・・・後で冷静に考えれば、気が付くこともありました。


課長も私もとても疲れていて、いっぱいいっぱいだったのです。

会社組織として大事な外部資格の監査を、数日後に控えていました。
それに向けて全員で、何年も準備をしてきましたが
『今回落ちれば次のチャンスは無い』と言われていました。

課長はその責任者でした。


最後まで、精神的にきつい日々を過ごしていたと思います。
私の準備は済んでいましたが
大事な監査の時に私が簡単に入院を選ぶことに対して
仕事に対する無責任さを感じるのは、無理からぬこと・・・
だったのかも知れません。

 

     

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