今朝職場に到着すると、ロッカー近くのテレビで福島原発2号機の温度上昇は温度計の故障によるもの、とニュースで流れていました。ここ数日「温度上昇」「再臨界」と情報サイトやTwitterでそのような情報を聞いていたので、少しほっとしたのです。それと同時にTwitterで「キセノン検出」という情報もちらほら目にしていました。
キセノンが検出されていたとしたら再臨界の可能性も否定できません。温度計の故障であれば実際のところ温度が上がっていないか保証は出来ないわけです。テレビの前でちらっと聞いただけだったので2号機の温度についてもっと詳しく報道されていたのかもしれませんが、そこははっきりと確認しないままデスクに向かいました。
その途中Twitterにこう書いたのです
「温度計の故障?でもキセノンは検出されたんでしょ?」
と。それは思ったままの言葉、まさにつぶやきです。
しばらくするとある方からリプライが帰ってきました。
それは東電のHPを見なさいというもの。HPの情報を見たり、ネットでキセノンにまつわる情報を検索したりしてその情報が正しいのか確認してみました。
どうやらキセノンは検出されていないようで、私がTwitterで見たのはキセノンという単語が確かに出てくるものの、それは昨年11月の情報であり、それを利用し温度上昇の報道に便乗したデマだったようです。
それはそれで安心しました。
でも私の気持ちの中では、政府、東電の発表の信頼度は薄らいでいました。
加えてリプライで指摘していただいた方の情報を見るとツイート数もまだ少なく、フォロー・フォロワー数もわずかです。プロフィールも書いていない。
そこでちょっと私もリプライを返してみました。
(以降ツイート画面そのままを貼り付けます。そそくさとツイートしたので誤字脱字ありますが、そこはご勘弁)

まあ、ちょっと上から目線に感じたので、こんなふうに返してみたのでした。
おそらくまたリプライがくるのだろうなと思ったので、その間に彼のツイート履歴を追うとまあ言葉使いが酷いこと。
私にくれたリプライは彼のツイートではかなりましな方だったようです。

私も人間です。ちょっとむかついたのでこんな風に返したりもしたり。
するとソースを出せと言う。彼へのリプライにも書いてますが私が使ったソースは彼の言ったものを指していたわけですが言葉足らずだったようです。
それに今回私勘違いしていたTwitterでの情報は流れ行くもの。その元情報を提示して、この情報で勘違いしたのです、なんて言いたくてもそんなの辿れません。

すると今度は謝罪を求めてきました。
え?俺謝んなきゃいけないの?

するとこのような返信が来ました。あらためてソースを出せという。
ちょっと困った。そんなのどっかに流れてって知らないよ。
それにこのやりとりの始まりは私のちょっとしたつぶやきです。
あの程度のつぶやきでそんな絡み方されたら、みんなTwitterなんて怖くてできなくなってしまいます。
そして議論しようと言っていますが、彼のツイート履歴を見る限りひどいものです。このような話に「ww」とか多用する時点で相手を煽ってるだけで、彼には議論するつもりなど無いのです。極論で言えばジコマンの世界です。
なのでこの時点でやり取りをやめにしました。私にとっても何のメリットもありません。
私が思うに彼は多分正義感にあふれているのだと思います。決して悪い人ではないと思う。
でもその気持ちが先走りすぎてるのでしょう。
彼はこう書けなかったのでしょうか。
「あなたがおっしゃっているキセノンの検出は昨年11月の情報です。東電の発表によると炉内の高温の検出は温度計の故障によるもので誤りです。キセノンは検出されていないのでデマには注意しましょう。」
そうやって勘違いした人に忠告するだけでよかったはずです。
このブログのタイトルは「絡み絡まれ」です。
今回は絡まれた、と言えるのですがこのタイトルにしたのは、実は私も過去にある人にTwitterで絡んでしまったからなのです。
細かなことは私を前からTwitterでフォローしている方はご存知だとおもうのですが、ある人のツイートが私の人生における幸せの考え方を真っ向から否定する考えの持ち主でした。
そんなツイートを目にする度に反論のリプライを返したものです。
彼には彼の考え方があって、私の反論にも応えてくれました。でもそこは元々お互いの幸福感に認識の違いがあるもの同士です、意見は平行線のままに終始します。
彼の発言(ツイート)には納得いくものもあります。むしろその多くは共感できるものであったと思います。でもある時点で私の中にも変化が生まれるのです。自身の考えに基づく発言のはずが、いつしかその人への単なる天邪鬼に変化していってしまうのです。
そしてある日、彼に対して良い印象を持つことが困難になり酷いことを言ってしまったのです。それは今でも私の人生において良くないこととして深く反省しています。
人とは弱い存在ですね。