何を見て、どこを目指しているのか? | たくみさんの直感日記

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What are you looking at and where are you aiming?

何を見て、どこを目指しているのか?

 

 

このコロナショックの中で、我々国民は菅総理を始め閣僚の言動を注視している。

けれど、本当にそれでいいのだろうかとNHKの記事を読んで感じた…

 

 

 

 

 

基本的に内閣は総理大臣を頂点とし各特命担当大臣が行政の“司令塔?”のような役割で閣議を開いて政策を話し合い、決議された案件を各省庁へ持ち帰り、官僚へ引き継がれ更に公務員に仕事が割り振られ、正式に作られた資料が次は官僚から秘書や補佐などを経由して大臣の手元に戻ってくると、ようやく国会の質疑でその資料が答弁されるという流れになっている。

 

その国会での答弁を国民が視聴し

 

「あの大臣は何言ってんだ!?」

とか

「あの大臣は頑張ってくれている!」

とか

 

大臣に対して賛否の声が集まる。

 

なのだけれど、国民は本当にそれだけを見てあーだこーだ言っていいのだろうかと懐疑的な気持ちがひしひしと湧いてくる。資料をもとに答弁する大臣は、実際どこまで資料を理解して読み上げているのだろうか。さらに、大臣の声ばかり拾って記事にするメディアは本当にそれだけでいいのか…

 

 

 

仮に、サッカーチームを例に挙げて整理してみると、まず監督【総理大臣】がチームの戦略を選手に伝える。

それを基に各コーチ【秘書や補佐】がそれに見合うように選手らを育成なり教育を行っていき、試合が始まると司令塔(ボランチなど)【大臣】がフィールドの選手に動きを指示し、それに合わせて各選手【官僚や国家公務員】が多様な動きを行っている。

この司令塔が一人の選手に対して日本代表の「長友選手」のようにサイドバックから必要に応じてボールを奪いつつ、ドリブルでウイングを駆け上がりセンタリングする。更にボールが奪われた時には猛ダッシュでサイドバックまで引き下がりDFのサポートを行う(交代無し)…までの仕事を要求する。

 

また別の選手に対して、相手ゴール手前でオフサイドギリギリに陣取ってシュートチャンス(ストライカー)を伺うような仕事を要求する。

 

司令塔は中央でパスの起点となりチャンスを伺いつつボールをさばいてゆく。

 

試合に勝てば司令塔がカメラとマイクを向けられインタビュー【国会や会見】を行い観客から称賛される。

逆に負ければウイングの選手が駄目だの、ストライカーなのに得点できないだのと各選手を批評する。【記者や観客=国民】

 

サッカーなどのチームスポーツではこういった個々の役割が当然だし日々のコンディションの影響も大きく左右するのだけれど、“そうではない仕事の現場”でこういった役割分担を指示するとどうなるだろうか?

 

 

この場合、省庁や議員会館など霞が関を何往復もして陣を守っては攻め、攻めては守りを繰り返しながら国会答弁に間に合うようにデータを集め資料を“紙”で作り、FAXなり届ける作業の「長友選手」ばりに動き回っているのは官僚や国家公務員の人たち。

 

記事によると200時間以上の残業も余儀なくされ、家路につくのは深夜。

家族との団欒も満足に出来ず、深夜に帰ってシャワーを浴び、軽い食事と仮眠程度の睡眠をとって早朝8時前後に合わせて家を出る。

 

一年中このような生活を繰り返していれば、無尽蔵のスタミナを持つと評されている長友選手でもさて何ヶ月もつかどうか…そんな生活を国家公務員は余儀なくされている。いくら国民のためとは言ってもだ…こんな現場は異常である。

 

少し前に大阪府の「吉村知事」に対して『#吉村寝ろ』というハッシュタグがバズったのだけれど、今こうしてみてみると本当にそんなことでいいのだろうかと考えさせられる。

本当に言うべき対象は違う。

 

『#官僚寝ろ』とか『#国家公務員寝ろ』とか…『#自治体職員寝ろ』などが適当なのではないか。

 

 

 

 

そして、徐々にではあるけれどペーパーレスを進めている(と言っている)霞が関だが、こんなもの時代錯誤もいいところで、この現代のIT社会おいて今や幼稚園児でさえ“オンライン”を理解し、“タブレット端末”を使いこなす。小中高校では一人一台のタブレット端末の貸し出し、宿題などはメールで送信というのは常識となりつつある。

 

それに反抗するように国会では紙の資料が配られ、質疑答弁ではいつ作ったのか無駄にどデカいパネルなどでデータの説明をし質疑する。

 

もうなんのこっちゃ分からん(苦笑)

PCでデータを集約して作成したんだから、データで共有すりゃいいじゃないか?

PCで質疑の資料を作成したんだから、タブレット端末で共有すりゃいいじゃないか?

 

民間ではすでに進められている常識が、霞が関では非常識の産物になっていて、そこら辺が解決するのは今の60代以上の政治家が全て居なくなって事実上の新時代と言われるようになってからなのではないか…

 

 

いつまでもこんなことをやっているから、いつまでも国民と政治家の溝は埋まらず…政治に関心を持てないのだ。

 

 

極端な話だ。

こんなもの、日本中から優秀なプログラマーを霞が関に派遣させ一気にIT化を進めて大企業から政治家全員分のタブレット端末と大型スキャナーを支給し、各党へインストラクターを派遣させて「初心者のためのタブレット端末講座及び紙媒体をスキャナーでデータ化する講座」を随時開催し、さらにデータの“黒塗り防止機能”もオマケにつけて(笑)…議事堂に巨大スクリーンを設置して…なんてことすれば1年もかからず霞が関のIT化は完成するだろう。

せっかくデジタル庁が出来るんだから、そんなことをすりゃあいい。

 

国民に…国民に…って謳う以前に本体が率先して手本を見せなきゃ国民なんてついてこない。