各駅停車の日々

各駅停車の日々

13年前に1人暮らしになって、日々の生活を綴っていければと思っています。

ここ数年、都立9庭園共通パスポートを作っています。1年間の有効期限で、期間があと2日になりました。このパスポートを受付で提示するだけで、入園することができます。新聞では、六義園の枝垂れ桜が見ごろを迎えていると載っていました。今日は朝から快晴でしたので出かけてきました。

 

六義園では夜間のライトアップも行われていて、この期間だけ駅近くの染井門から園内に入ることができます。11時頃に着きましたが、すでに当日券を購入する人が並んでいます。自分の場合はこれに並ばずに入場することができます。園内は混みあっていました。枝垂れ桜は満開でしたね。

園内を一回りして染井門からでましたが、入園者の列は来た時より長くなっていました。

 

染井門のすぐ横に地下鉄東西線の入り口があるので、そこから後楽園に向かいました。小石川後楽園も枝垂れ桜があるので、そこも寄ってみました。入り口はすいていました。枝垂れ桜は見ごろを迎えていました。

ソメイヨシノもあるのですが、咲き始めといったところでしょうか。今週後半が見ごろになってくるのではないかと思います。帰りに、水道橋駅の近くに枝垂れ桜があるのでそれも見てきました。ほぼ、満開でした。枝垂れ桜は、この時期に満開になるものと、少し遅れて見ごろを迎える木があるので、お天気が良ければこまめに出かけてみようと思っています。

春分の日ですが、当地はあいにくの天気になっています。雨が降ったりやんだりです。近くの大学では卒業式が行われていて、袴姿の女子学生が、足元を気をつけながら歩いていました。大学は、曜日に関係なく3月20日が卒業式となっています。午前中に式典が行われ、午後には祝賀会が行われています。

 

卒業式という晴れやかな日ですが、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こった日でもあります。あれから31年たちますが、記憶に残っています。息子は都内の高校に通っていて、通学時間にあたっていて、日比谷線を使っていたら事件に巻き込まれていたと話していたのを思い出します。

 

また、今日はお彼岸の中日にあたります。お彼岸の期間は、中日を挟んで前3日、後ろ3日の7日間とされ、この間に行われる仏事を彼岸会というそうです。一般的には、お墓参りをして祖先供養をおこなうことがメインになっています。彼岸の行事は、日本独特のようで、インド、中国の仏教にはないそうです。日本古来の土俗的な太陽信仰や祖霊信仰が起源であろうといわれ、それが仏教語の彼岸と結びついたのではないかと言われています。専門的なことは、その道の専門家にゆだねるとして、年に2回(お彼岸は春と秋にあるので)お墓に詣でて、掃除をして、故人を偲べは良いのではないかと思っています。

今年は、桜の開花が早くなっているように感じます。我が家から近い場所に、密蔵院というお寺があります。場所的には川口市の安行地区になります。このお寺の境内には、安行桜が植えられています。例年、お彼岸の頃が見ごろになるのですが、お寺のホームページで開花情報がされています。すでに満開、見ごろとなっていましたので、出かけてみました。

 

お寺の桜の紹介では、ソメイヨシノより1週間早いと紹介されています。昨年は、3月20日に見に行っていますので、今年は1週間早い見ごろになっています。自転車で約30分かからないぐらいです。お彼岸には早いですが、桜見物の人が多く見に来ていました。昨年は、墓参りの方が多かったと記憶しています。

安行桜の参道から境内に入ります。境内も安行桜がメインで、緋寒桜も見ごろを迎えていました。駐車場が少し離れた場所にありますが、ここも、道の両側が安行桜になっています。

境内もあまり広くありませんので、ゆっくり写真を撮りながら回っても1時間はかかりません。安行地区には、結構、この桜が植えられている場所があります。帰りに道の駅に寄りましたが、ここにも植えられていて、見ごろを迎えていました。今日などは、天気は良いですが、気温が低めでした。当分、桜の花が楽しめるのではないかと思っています。

東日本大震災から15年になります。今でも当日のことを思い出します。定年まであと2年でした。早期退職制度があって、定年前5年からこの制度を使うことができます。家内が2010年に癌がわかり、すでに余命宣告を受けていました。夫婦でいられる時間も少なく、この年度末で退職を考えていた時期でした。

 

当時の自分は、事務職のトップで簡単にはやめられない立場にいました。この日は、午後3時から会議があって、その事前打ち合わせの時に、地震の発生でした。建物からの避難、情報の収集、避難場所の確保等々、、会議があったことで、防災対策に関係するメンバーがほぼそろっていました。家に帰れたのは翌日の夕方になってからからでした。

 

家内は自宅療養中でしたので、いかに心細かったことか、、家内の妹に手伝いに来てもらっていました。結局、自分は被災後の処理に追われてしまいました。家内は、4月末に虹の橋を渡ってしまいました。この時は、自分の不甲斐なさを思い知らされました。東日本大震災の被災にあわれたかたも大変だったと思いますが、自分にとっては、震災イコール家内との別れという感じが強いです。15年1人で暮らして、生活はできていますが、夕食後などには、1人取り残されてしまった感覚に陥ることもあります。毎年、同じようなことを書いていますが、やっぱり寂しいのでsっようね。

今日は、父の命日でした。墓参りに行く予定にしていましたが、2日に行ってきましたので、今回は家で過ごしていました。と、いうのも、昨夜、現役時代に同じセクションで仕事をした仲間が集まりました。2年ぶりでした。集まったのは5人でしたが、そのうち3人は同じ時期に机をならべていました。後の2人は一緒になりませんでしたがつながりがあったメンバーです。

 

自分が定年退職したころは、年に3回から4回ほど集まっていました。コロナ過などで集まる回数は減ってきて、年に1回ぐらいになっていました。集まると、昔の話になります。今年で全員が後期高齢者になり、一番の年長者が来年は傘寿になります。みんな元気そうに見えますが、各々、何かして持病を持っていますが、まだ、集まれる感じでした。

 

各々の近況も聞けて楽しかったですね。自分は普段お酒は飲みません。こういった集まりがあるときは、たしなんでいますが、終わってみれば、全体の酒量が減っている感じです。みんなそれぞれにセーブしていたのか、、現役のころは、仕事帰りによく飲みに行っていたのを思い出します。最近では、夜に出かけることがありませんし、飲み会もありませんので、いささか疲れたのかもしれません。体力も落ちてきているのかも、、来年も集まろうといった話も、、楽しみにしたいと思っています。