つゆのあとさきは、私が好きな曲ですが、いったいどういうシチュエーションなのかと、様々な意見があるようです。

卒業式、卒業証書、制服
という言葉が出てくるので、卒業式の男と女の別れの曲と言われているようでありますが、私はそれだけではないような気がしています。


「ひとり歩きをはじめる 今日は君の卒業式」
とあるので、学校の卒業かどうかは分からないけど自立するという意味かと感じました。

「さよならと僕が書いた 卒業証書を抱いて」
とあるので学校からもらったものではなく、さよならという手紙。もしくは、さよならを告げたその心 そのものかと感じました。

普通に考えれば男と女の恋愛ととるだろう。

しかし私の解釈では
「僕」も「君」も自分自身なのではないか!?
と思っているわけです。

「君」は、「僕」の「思い出」の擬人化なのではないかなと。
美しい思い出のことを「君は誰よりもきれいだった」と女性に例えているのではないか。  

さだまさしは、よく時をテーマに歌う人なので、ラヴソング風に描いているのではないか。と考えました。


梅雨なのに卒業シーズンてどういうことなのか?
「卒業式」と同じようにこれも比喩で、「つゆのあとさきのような心情」を表現しているものであって、季語ではないんじゃないかなと。

少し成長した、大人になった。新しい自分が生まれた時。そんなことを思いました。
卒業式や花びらが季語で春なのだろうと想像できる。


「トパーズ色の風が…かけぬける」とありますが、
トパーズとはブルートパーズ。青春の青のことかなと。
風とは時のことで、風がかけぬけるとは、あっという間に流れゆく時のことではないか。

そうなると
「つゆのあとさきに トパーズ色の風が
遠ざかる君のあとをかけぬける」
は、
「少し大人になった今。青春の時の流れは、遠ざかる美しい思い出のあとを風のように、あっという間にかけぬけていく。」

あとさきの意味には、過去と将来という意味があります。つまり、幼かった自分にさよならをして大人になっていく、抗いようのない時の流れというものへのせつなさ、また、過ぎゆく青春の日々への愛おしさを歌った曲をなのではないかと思いました。
それを恋愛と混ぜたのではないかなと。

それか恋愛がまず先にあって、恋愛を通して青春の美しさと時の儚さを歌ってるのかもしれませんね。

恋愛として見たとき、巡り会う時は花びらの中、別れゆく時も花びらの中。とあるので、もしかしたら入学から卒業まで好きだったのかもしれませんね。

マニキュアしてるので、ハイカラな子だったのかな。東京にでも行くのかな。
それともオシャレする乙女心の分からないやつってことなのかな。

分からないけど、彼女の方がごめんと言ってるわけですから、何かしらで離れようとしている彼女を理解してさよならを言って、僕から卒業させてあげたという感じでしょうか。

どちらにしてもサビの歌詞からは、青春の美しさと時の儚さを感じます。メロディーの相乗が素晴らしいですね。


私がこう感じたのは、この曲を歌う彼からは、恋愛というよりも、人生を強く感じるからです。

思えば「主人公」も恋愛の曲のようでいて、自分の人生の中では自分が主人公だというメッセージを強く感じます。

「風に立つライオン」も恋人への手紙、別れのようでいて、命についてのメッセージを強く感じます。

つゆのあとさきは、上記2曲よりも、抽象的です。

おそらく影響を受けた小説からのイメージと過去の恋愛体験なんかも複合的に混ざっているのだと思っています。

聴き手の成長と共にいろんな解釈で聴けるのも魅力だと思います。

こんなに長いのに読んでくださってありがとうございます。
あくまでわたしの妄想です。笑
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