
歴史と私生活と…
倖わせ伝達人よしの、人よりちょっと変な生き方がここに!!
豊臣兄弟の時代(4)
長浜市で行われる四月の風物詩「長浜曳山祭」
天正2年(1574)、長浜城主の羽柴秀吉に男児(石松丸)が誕生したことを祝して秀吉が城下に砂金を配り、民衆が感謝して祭を始めたとされている。ところが石松丸は天正4年10月14日に亡くなっている。長浜曳山祭の伝承が正しいと考えると石松丸は数え三歳(満二歳?)で亡くなったことになる。しかし石松丸には「秀勝」という諱が伝えられていること、そして羽柴秀勝公廟がある妙法寺に残されている石松丸と伝えられている肖像画の写真(実物は焼失)には少年の雰囲気を醸し出している。私見として秀吉が長浜城を築城したときにはすでに石松丸が誕生していて天正四年に夭折、慰霊の為に祭が始まったのではないかと考えているが確証はない。
一般的に秀吉は晩年に淀の方との間に生まれた二人の男児(鶴松と秀頼)しか知られていないが石松丸(秀勝)という実子がいたこと、近年では本能寺の変の直前の播磨攻めのときにも実子が誕生していたのではないか? との説もささやかれていることに注目したい(ただし石松丸も播磨の子も実子ではないのではないかという説も有る)。
秀吉の弟秀長についても子どもの記録は少ない。平成8年に刊行された『豊臣秀長のすべて』(新人物往来社)では秀長の実子として三人の娘が紹介されている。
・「おきく」(秀長の後を継ぐ秀保の正室)
・「大善院」(長府藩主毛利秀元の正室、おきくと同一人物説有)
・「智勝院」(お岩・津山藩主森忠政の後妻、秀保の側室説有)である。
この頃は男児の実子は確認されていなかった様子であったが、大河ドラマの主人公に選ばれ改めて研究が行われると実子らしき男児の記録が見え隠れし始めた。正しく記せば森家の記録には智勝院について「羽柴美濃守息与一郎ノ室」と記されていた。美濃守は秀長が長秀と名乗って賤ケ岳で戦っていた時期に使用した通称の受領名である。このために智勝院は秀長の養子秀保に嫁いだあとに森忠政に再嫁したと考えられていた。しかし秀長の重臣であった藤堂高虎の伝記『高山公実録』では秀長の「御実子」が天正10年(1582)に亡くなっていることを記している。つまり秀長には与一郎という男子がいた可能性が出てくるのだ(諱は不明)。これらをきっかけに「与一郎」や「与市郎」という人物を史料の中から拾い集める作業が進みつつあり、秀吉の播磨攻めに参戦していた武将であった可能性も指摘されている。
この指摘が正しければ、天正10年に亡くなった羽柴与一郎はすでに立派な成人男性であったと推察され、秀吉が長浜城主になる前に誕生していたこととなる。長浜は豊臣兄弟の実子かもしれない息子たちが同時に暮らした時期があった数少ない場所かもしれないのだ。
羽柴秀勝公廟(長浜市大宮町 妙法寺)
『歴箱REKIBAKO-』第163回放送
『歴箱REKIBAKO-』第163回放送
放送開始
暑すぎず、涼しすぎず、曇り空ですが過ごしやすい日になりましたね。
先日、気象庁が最高気温40度を超える日を正式に「酷暑日」と呼ぶことを発表しましたが、また暑い夏が来るということなんでしょうね。
こんないい気候がもう少し、せめてGW明けまで続くと良いのに。
M1は、一年前の曲がやっとCD化されました
星街すいせい『どうなってもいいや』
「今月こんなとこ」
先月末3月28日29日の二日間、彦根で初めてとなる『彦根映画祭2026』が開催されましたので、一日目だけですが行ってきました。
ひこにゃん大活躍の短編映画の公開ロケや
鳥居本のオープンセット一般公開もありまりました
市民が選ぶ彦根市民映画賞に『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』が選ばれたのですが、「これは彦根市?滋賀県としてならわかるけど」との気持ちもあったりなかったり😅
僕のなかでは『偉大なる、しゅららぼん』の方が彦根らしいかな?
とにかく、次に繋がることを願っています。
M2は、『偉大なる、しゅららぼん』の主題歌
ももいろクローバーZ『堂々平和宣言』
「おたくどちら様」
元暦元年(1184)4月26日、木曽義高が討たれましたので、木曽義高と大姫の話
木曽義高は、木曾義仲と巴御前の子と言われています。そして大姫は源頼朝と北条政子の長女ですが「大姫」というのは一番年上の女の子程度の意味ですので実名は諸説あります。
頼朝や義仲が平家に対して挙兵したときに同盟の証として義高と大姫が婚約し、義高は鎌倉に預けられました。数え12歳と7歳の許嫁でした。
大姫は義高に懐いていつも一緒にいましたが、義仲と頼朝の同盟が壊れ、頼朝の命で源義経が義仲を討つと鎌倉では義高の命も狙われたのです。
大姫は幼いながらも義高に協力して許嫁を逃しますが義高は発見され殺されたのです。
この報せを聞いた大姫は嘆き心が壊れてしまいます。
そして義高を発見して殺害した藤内光澄は北条政子の怒りを買い獄門となりますが、大姫の心が戻ることはなく義高の死の13年後に20歳で亡くなります。
木曽義高の墓と伝大姫の塚がある鎌倉の常楽寺
M3は、大姫の恋はこれから始まった
新垣結衣「小さな恋のうた』
「闘病日記」
ぷち腸活してみました。
一週間ほど固形の物を食べない生活してみました。
あとで聞いたら、絶食前には大根を食べる方が良いそうです。
あと、食事の改善も…
朝起きた時に普通の人は白湯をゆっくり飲むのが良いそうですが、糖尿病の人は常温の水をコップ一杯いっきに飲んでからが良いとも習いました、食事に味噌汁を加えるのも良いそうです。
M4は、味噌汁から
テゴマス『ミソスープ』
「おすすめ」
『十二国記』がまた熱い!
9月に久しぶりの新作短編が発刊されますので、その話はまた読んだ時にすることになると思いますが、それの前準備の様に熱いです。
昨年は、オーディオブックが順次配信され始め、舞台化もされています。
そして4月から4Kでアニメ再放送が始まりました。
M5は、アニメ主題歌
有坂美香『月迷風影』
「フリートーク」
『十二国記 』意外にも過去アニメの再放送が多い4月
4Kでは『アニメ三銃士』『ふしぎの海のナディア』BSでは『涼宮ハルヒの憂鬱』フジテレビ系列では『鬼滅の刃』に『逃げ上手の若君』
『逃げ上手の若君』は一期再放送に続いて夏クールで第二期も放送されます。
M6は、『逃げ上手の若君』ED
ぼっちぼろまる『鎌倉STYLE』
「エンディング」
桜総括
4月2日、彦根城の桜が満開との宣言がありました。
その次の日から桜を楽しめることがあったので総括
まずは井伊神社
隠れたスポットとして楽しみにしています
鳥居近くだけではなく、本殿横の枝垂れ桜も良い
その日の夜には彦根城の夜桜
天気が良くお堀の水面が静かな時に、映る鏡の様子が完璧ですが、人は多いです
続いて4月5日に訪れた近江八幡市の五社神社
毎回、一粒万倍日にお詣りに行くのですが、桜の季節に重なりました
今、境内に遷座されている龍に関わる藤ケ崎龍神社で龍神様にお詣りし、龍の力をいただいて龍神カードを引くようにしています。
引いたのは「花龍」
桜の季節に重なって良き♪
4月7日、天気は荒れて花びらが多く散りました。
車のフロントから見上げた様子に淋しさがあります。
4月8日、NHK大津放送局に『豊臣兄弟!』の巡回展を見に行ったので、近くの天孫神社に寄りました。
満開の桜より葉桜に惹かれるのですが、今年は7日の嵐で葉桜を諦めていたのに、とても良い塩梅の葉桜が見れました。
桜色の中に緑の花が咲くような逆転の美が素敵です。
ここには桜神籤があり、その神籤が結ばれているのもおしゃれでした。
今年は、タイミングが合わなくて開花から満開になるまでの時期に時間が作れなかったのですが、満開になってから楽しめたので、嬉しい桜縁でした🌸























