何度でも読み返したい自分の中の名作マンガ、小説は? ブログネタ:何度でも読み返したい自分の中の名作マンガ、小説は? 参加中
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擦りきれるほど読んだ本、というと、赤毛のアン、シートン動物記、ホームズ、古事記、ギリシャ神話あたりですが、


自分の中の名作マンガ・小説と言うと…。


高校で夢中になったのは田中芳樹の銀河英雄伝説。

挿絵が結構変わり、外伝でようやく固定。

後に中国を舞台にした小説を上梓する作家だけあって、カテゴリはSFの筈なのに、歴史から引いた台詞をいうキャラクターが特異な印象をうけましたが、こういうキャラクターを配しているからこそ、

更に未来の歴史家、歴史書に書かれた史実を見返す、と言う形の地文が活きてくる、新鮮な構成でした。



←歴史からの引用が好きな人。



マンガだと…花郁悠紀子、波津彬子、紫堂恭子あたり。
三原順、川原泉も好きで、最近よしながふみ。
この三方のマンガは、我が意を得たり、という感じで笑い出したくなるが多くて。


よしながふみは、きっと、絶対同年代!

と思うぐらい感覚が近く、


そうそうそう!そうなのよ!!


と膝を打ちたくなるような感覚の作品や、登場人物を造形してくれます。


捨てられても捨てられても買いなおした…

という意味では、ドイルのシャーロックホームズシリーズ。

赤毛のアンとこれは、新訳だと違和感を感じてどうしても入り込めない。

でもこれは誰もが認める名作なので今更感…。


市川ジュンの【懐古的洋食事情】なんかは名作といっていいのではないでしょうか?

『洋食』に絡めた、文明開化から始まる近代日本で逞しくしなやかな、

まだまだ弱者の立場でしたたかに生活する庶民、女性の姿を描き出す小品のシリーズ。


村上春樹の羊三部作なんかも、「私の中の」と敢えていうには当たり前に認知されすぎているような気がするし。



ブルーバックスの【エントロビーとは何か】は、では個として存在し続けるというのはどういうことだろう?

と改めて考えてみるきっかけになった本でした。

小説でもマンガでもないですが、科学系の読み物も、「巨大なサイクルの中の個」という視点で見ると、実に哲学的です。






今週発売のCREA。

食べ物の話を実に美味しく描いてくれるよしながふみさんのインタビュー記事が載っている、ということで、買いました。

よくぞやった!

と言いたくなる話を描いてくれる人です。
現在私の即買い御三家の漫画家の一人。

そんな中、1ページ記事がありました。

少女小説家は死なない!
を書いた小説家の訃報を書いた記事。

小中学生の頃、よく読んだ作家でした。
自分の中の矛盾は当たり前の矛盾だと思わせてくれた初期作品が特に大好きで。
享年51歳。

最近は名前を聞くことがなかったのですが、かなり長い闘病であったようです。
数年前には友人に葬儀委員長も依頼済みだったとか。

ご冥福を祈るとともに、深い感謝を。




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本を読んでいるとき。
本屋で物色している間に、手に持ちきれなくなったとき。

この時ほど満たされた気分になることはありません…。






手持ち現金がないときは、のたうつような思いもしますが。
最近店頭の本の回転は早すぎて、一期一会の勢いだから。
セミの大合唱で目が覚める。
時間を見ると6時6分…。

熱さのあまり冷房中。
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母の郷里に来ました。

湧き水だらけの土地、汗ばんでも小川に足を浸ければすっと汗が引きます。

日差しは強いのに風は涼しい。

リフレッシュ。

よく、リラックスした時が本当の集中力が発揮できる、


というような話を目にします。



本当に本気に取り組もうと思っている(つもりなのかもしれないですが)はずなのに、

見落としたり、とんでもない勘違いをしたり…。


もともとおっちょこちょいなんですけどね。ガクリ


真剣なはずなのに冴えてない、集中力が足りない…

仕事中はなにかもやもやっと、『靴の裏から足を掻く』

感じなんですが、てきめんに、だめだ!!!


と感じるのが、占いの時。


占ってもらう時ではなく、自分で占うとき。


占い師は自分を占ってらいけないらしいですね。


中学ぐらいの占いブームの折、周りでタロットが流行り、しっかり私も買ってお互いに占いっこをしていました。


今でも残っているタロットカード、どうにも運の中の整理がつかない時、使ってみるのですが。


カードが話しかけてくるように、意味を把握できる時は、

大概方法を探っているとき。


ただぐたぐた、ぐるぐるしている時でも、わかる時はそれに従って動くと上手くいく。


ぐるぐるぐるぐる…ただもやもやしている時は、

ほんとうに、わからない。


文字が文字だか分らなくなるような感覚。


こんなときは完全に、何をしてもダメ。



カードが話しかけてくるように感じるぐらい、

周りの情報が自分の中で統合され、整理され、反応できる状態なら、

確かに集中力も判断力もあるだろうなぁ。



力まなくったって頭の中が連想ゲームで、するべきことがだだだっと流れ落ちてくるもの。


そうでないときは、どんなに本気で、悩むというぐらい考えていても、NG。


自分の精神状態を把握するのに、一番便利なのが占い、というのもちょっと変ってますが…



とりあえず、リトマスをひとつ手にいれたので、

圧は中和剤を探したいです。



道は長い。

銀座松屋のコスメフロアを通り過ぎる時、


ルナソルの新色が、コフレになって予約受付中。


ちらっとしか見てないですが、ブラシとポーチ付き。



ポーチの形が、フルラの台形ポーチと大きさもデザインもよく似ていました!


カバンの中で、ちょっとはくたっと潰れてくれないと…という人には丁度いいかも?

布地っぽく見えたから。


チークブラシ・アイシャドウブラシ・リップブラシ(多分)がセットになってましたよ~。




現在使用中はこれですが、見るとやっぱり新色が欲しくなりますね…。

ルナソル【シアー コントラスト アイズ 】#EX02Bronze Coral
¥4,640
コスメリンク Yahoo!店

http://ameblo.jp/noriko-shige/entry-10118414534.html
繁さんのblogを読んでいて思い出したあれこれを備忘しておこうと思い、今書いています。

名前って、一体どういうものだろう。
元々のきっかけは、多分祖母が通称を使っていたということを聞いたせいかと思います。
画数が悪いことを気にして、友人知人に通称で名を読んでもらうようお願いしていたとかで、郵便物に見慣れぬ名を見つけるまで、私は通称しか知りませんでした。

幼稚園の頃の話ですが、その後、言霊、ネイティブアメリカンの名前、ケルトや中南米のお話を聞いているうちに、名前は守りであり象徴なのだな、と思うようになりました。

こうあって欲しいという祈りであったり、
本質が変質することがないよう固定するものであったり。

人生は選択で形作られて行き、それを記録していくもののタイトルとして人は名前を持つ。

名前を持たないものは固定されることなく、自在に動き回っても、痕跡を残すこともない。

名に込められた思いや記憶を失ったとき、それは記号でしかない。

そんなことをつらつらと考えていた時期がありました。

私は私というタイトルで、どんな人生を書きたいと思っているのだろう。

いい加減、記憶だけではなく自分の意思を書き込んでいかなくてはいけませんね。
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チィチィヂィヂィ鳴き声が聞こえてきて、

見上げてみると、
燕の巣。

橙色の頬をした、燕が別の軒に一度停まってからまた飛んでいきました。

燕が巣をかけた家は財をなすというけれど、
この駐車場は駅ビル裏の、多分関係者用のエリア。

最近駅ビルに活気があるのはそのお陰?

来客用のエリアだと、撤去されてしまったかもしれないと思いつつ、
こんなのんきさの残るこの辺りが好き。