先週末に喉を腫らし、声がでない、固形物が食べられない状態から、
咳が止まらず喉を切る状態に移行。

決算真っ最中に、なんてこったい…

前倒し・時短の小細工しておいてよかった。(T_T)

お陰さまで、病院寄ってからの出勤でもなんとかなってます。
…チェック漏れが心配ですが。

夕べも咳が止まらず、心臓が心配になる勢いだったので、
咳止め薬代えてもらいに病院へ。
いっそ喘息発作なら点滴もらって2・3日は薬要らず、で楽かな…

なんて思いましたが、
救急外来で待つしんどさを思うと、
まぁよしかも。
喉風邪ひきました。

…宴会はなかったものの、
夜毎夜桜見るのに散歩していたときに、
ひやしすぎたようで。

ヒリヒリ痛くて呼吸が辛い~。
土日は家で死んでました。

最後の桜が~。
桜も盛りの季節。


ふと気付くと、誰とも花見のアポを取ってないのに気づき、ガクリ

ひとりでふらりと。


ひとりで遠出も侘しいので、
ご近所にある桜を見て周ってきました。

まるで犬猫のパトロールのよう嬉しい

昔はお屋敷だったところがだいぶマンション化してしまいましたが、
それでも立派な樹は敷地に残してくれているところも多く、
更に、一普通の一軒家でも結構立派な桜の樹があるお宅もあって、

ご近所散歩とはいえ、なかなか絶景。

10箇所ぐらい見て回り、最後に桜並木の的屋でたこ焼き。

ぼんやりガードレールに腰掛けながら的屋のおっちゃんとお話して帰ってきました。

「ねぇちゃん、ひとり?」

「ひとり。」

「さびいしいなぁ!」

「うん、さびしい。」

「彼氏紹介してやろうか!」

「いらな~い。」


…なんて和やかな会話でしょう。
あまり、職場女子と一緒のお昼を摂ることのない日常を送っていますが、
一緒に食べればそれなりに話は盛り上がる訳で。

ここ1・2ヶ月、胃が痛くてあまり食べないでいたら、胃が小さくなったみたい…
という話から、
年齢とともに気になる身体の話題へ。
痩せ辛いとか、触った感触の話だとか…

そんな中、学生時代の筋トレの話などをしていたら、
『筋肉オタク』の認定を受け(^_^;

『どんなさんみたいな脚になるにはどんな風にすればいいんですか?』

と訊かれる。

びっくりしたけど…

o(〃^▽^〃)o

実は何もやってないんですが、

足首の肉もつまめるんですが。

小さい頃やっていた、
バレエや器械体操の動きが基本の動作になってるのかな…。

若い女の子に言われると、

嬉しい♪
長らく、整体(と院長)について、愚痴ってみたりしていたのですが、


根本の理由が見えてきました。


私、人としての信頼感を持っていなかった様です。

親しげで優しい口調で話すことが多かった人でしたが、

・雑談の中で、自分の名前を言いそうになった時に慌てて誤魔化した。
(あれ?と思って聞き返してみても同じ反応。)
・趣味の話題を誤魔化す。
・珍しいものを見た、というので何処で、聞き返したら、かなり間を置く。
(整骨院近辺以外での自分の行動範囲を知られたくないのか、作り話なのか)

そんなこんなで、
『この人の言っていること、本音や本当ってないんだろうな』
という無意識の前提が生まれていたようで。

嘘かもしれないけど実害ないし、合わせとけばいいか、
本当だったら大変そうだな、

一瞬本気にした後、
作り話かもしれないのにまともに反応して、私馬鹿?とか。

先日は、とある事情で苗字だけ知ることとなってしまい、
不可抗力ではあるけれども、当人以外から聞いたので謝ったんですが、
『名刺、渡す機会がなくってロッカーに入れっぱなしなんですよね』
といいつつ渡さないあたり、
徹底して知られたくないようです。

親近感も、知ってる人間をちょっと連想するものがある、
というところから始まっているから、
それが投影であることは最初からわかってるし。


上っ面の世間話を気分がいい時・暇な時だけ『していただける』仲だと、
情報として伝えておきたい身体情報についても自己開示しようという意欲が低下して、
『聞く気がない人に言う必要ないか』
と意識がそっぽを向いていたり、いらいらを放出していたりして、
手元お留守な時は完全に意識が閉じる。

治療に行っているのにそういう状態なのがストレスになっていた模様。


さわやかな笑顔見ても、柔らかく話しかけられても、
ちっとも気持ちに働きかけがなくなってしまいました。



教訓。

信頼感を持てない人間の仕事と付き合うのはストレス。
割り切るなり迂回策なりは早々に策定すべき。
理解や共感を求めるだけ時間と労力の無駄。


今週、携帯を水葬してしまい、アドレス以外のデータが無くなってしまいました。(;_;)

貰った写真、ずっととってあった留守電…。
PCに移行してなかった画像データ、公開が終わってしまった着メロ。
ストラップがわりにぶら下げていたフラッシュのデータ。


更に、訳のわからない不調が続くと大概やって来る訃報が届いた。
この天気の落ちつかなさは、病人には堪えたろうなぁ。



彼岸はやはり交差点。

やるせなくても明日は来る。
仕事に対して誠実か、

とか、

真摯に向き合っているか、

とか。


方法論の前提で常に語られる言葉だと、思うのですが。




つまり、

真摯であるということは、全てを注力してもなお足りないものである。
だからこそ、
多くに人間に常に真摯であるためには、
相手が本当に欲していること、
期待していること、
それを見抜く技術と応える技術を磨き、蓄えること。

それによって、実効面で『真摯』であれる。

と、個人的には思う訳で。


仕事上であれば、顧客との継続取引であるとか、利益も生み出すもので、

だから会社や組織の看板の下にやっていようと、
真摯な仕事をする、というのは非常に、実利的にも大事なことだと思う。
真摯でない仕事というのは、客を馬鹿にしている。ということ。




……そして馬鹿にされているなぁ、と思う仕事にぶつかると非常に腹立たしく、
「こんなところ切っちまえ!!」
と内心ハラワタ煮えくり返ったりして思う訳です。特に今日。

パッケージそのままのところでバグ起こすようなソフト、
よくバージョンアップ版とか言って納品できるな、あぁ?
とか、
(しかも期末に!!!!!)

都合、事情があるにしたって、よくここまで譲歩している人間をぞんざいに扱ってくれるよな、えぇ?
とか。

えぇ、そんな言葉遣いになってしまうほど今、はらわた煮えくり返って内心では怒髪天です。


譲歩してやってるって言わなきゃ判んないのかね?
それって馬鹿にしてるって言わないか?

これが自分の兄弟なら頭殴りつけているところです。


翻って自分の仕事。


温くって気がゆるんでも大過ない状態で、真摯とは言い難いですが、

でも真摯にやっても出てくるものは同じだと思う。ぐらいにはやってます。


それ以上のものは求められていない、というより拒否されてる感じ。




気持ちの上乗せまでは求めない。

でも、不満が吹き出るような仕事をやって、それで自分の職業をよく名乗れるな。

という、軽蔑の気持ちが降り積もる。



そろそろ、好意の貯金も底を付く。
腰のあまりのつらさに休んでしまった月曜日。
(前倒し・平準化が終わっていると休みやすくって怠惰になってるかも)

骨盤矯正でかかっている整骨院も、前日に連絡つけられず、
当日だとやってもらえても他の患者さんとの絡みで手慰みの可能性が高く。

不義理かなぁ、と思いながら、
とうとう逃げ道だったはずの鍼を腰~骨盤にかけて打ってもらいました。
それが昨日の昼の話。

痛みが軽減、骨盤の動きもスムーズで、特につらかった左足の蹴り足の時の稼動域が広がって驚き。
ロックが半分ぐらい外れた感じ。

これだったら矯正も楽にしてもらえるかも、と思ったら、
炎症が出ている
メラメラという診断でさらっとマッサージと塗り薬してもらって終わってしまいました。
動きが楽な割に痛かったのはその所為だったんですね。

昨日も混んでいたので、昼間に鍼行っていなかったら今頃また家の布団の中で死んでいたかもしれない。

駆け込み寺としても頼りにしていたところに逃げ込めなくなってほとほと困っていましたが、
逃げ道確保で気が楽になりました。

お金がいくらあっても足りないところがかなり負担ですが…。
………はじめてやってしまいました。


携帯をトイレに落とす、という話はちょこちょこと聞くことのある話題ですが…

水葬してしまいましたヽ(`Д´)ノ。


永久保存にしていたメールが…留守電が…ガクリ



…もう故人である親友の声を聞けるのは、もう、あれだけだったんですが。


かなり、いたい…。