だいぶ昔の話。



女友達と男のモラトリアム脱却のチャンスは、


・一人暮らしをはじめた時


・結婚した時


・父親になった時


という話をしたことがあった。





女は(私たちぐらいまでの年代の話かもしれないけれど)


家事手伝いを当たり前のようにやらされてきた。

趣味はいわんや、勉強よりも、家の手伝い、弟妹がいればその世話。

しかし男の子は、手伝いをしなさいと言われるにしたって、

日々の炊事洗濯を手伝う、というレベルは求められる人はまれ。


せいぜい食器を並べる程度のお手伝いで食事が食べられ、

脱いだ服は洗濯機に入れればきれいに畳まれて箪笥の中に入っている。

当たり前、という無邪気な傲慢さとはさようならするきっかけとして、まず一人暮らし。



食生活他が安定するせいか、結婚した後の男のほうが余裕を感じられ、

着るものも手入れが行き届いていて男ぶりが上がる。

不恰好に減ったままの靴を履いてくることも、よれよれのネクタイも、

買い換えるなり修理するなり、「いい感じ」になっていく。

見た目だけでなく、雰囲気にも余裕や自信が表れてきたり。



子供ができると、子供に誇れる自分、子供に恥ずかしくない自分を目指している感じで、

「一緒にこんなので遊びたいなぁ。

あぁ、でも意味もなく買い与えるのはまずいよな、なにか頑張ったら買ってやろうかな」

なんて話をぽろっといいつつ、寝る前に帰るんだ、とばりばり仕事を片付けているところを見たりすると、

あんなだんな様欲しい。


とつい思っていた。


子煩悩な人が好き。


子供を大事にする人は、我慢すべきもの、瞬間、

大事にすべきもの、瞬間、

そんなものをすべて理解しているように思える。

自分が自分である為に、大切なもの。


そんなぶれなさが素敵、と思いながら、


それを育てた奥様ってどんな人なんだろう、と思ったりもした。


友人の周囲も、似たり寄ったり。

少年のような、と

モラトリアムのままと、

まったく違う中身。


自分からしっかりと覚悟を決めた人間って、かっこいい。

最近は女も含めて、そう思うけれど、

あの頃は、


「そういう男って、かっこいい。」

と思っていた。


かっこよくなれる男を探す目が欲しかったあの頃。






…今はかっこよくなる方法が知りたいかも。