ほんの短い間ですが、接客業、販売業の経験があり。
以来、買い物をする時の態度が、変わったかなぁ、と思うことあり。
サービスであれ、物であれ、相手は『金』を出し『買う』立場。
ところが、販売物以外の所で『購入』を決める人も、多くいる。
どんなもの・ことで決めたかはそれぞれだけれども、それをきっかけに販売物を『信用』してくれた人たちだ。
テレアポでお水を販売していた時。
水の好みも十人十色で、なんて話から何故か小学生の子供の宿題の話になった。
中学をお受験するのだけれど、自分では見てやれなくて馬鹿にするようになったという。
こんな宿題でね…とお話を始めたお母さんに、問題の解き方だの記憶力を高める食事だののお話をした。
完全に脱線だ。
だがそのお母さんはお水を注文して、尚且つ、翌日、お電話を下さった。
解いた問題は正解で、それも正答者1名だけだったとか。
「1度きちんと覚えたものは、時間をかければちゃんと思い出せるけど、受験をする人がすぐ思い出せないのは困るでしょ。
おかあさんはこの問題思い出すよりも、もっと早く思い出さないといけないものがいっぱいあるから、あなたの方が早く思い出せないと駄目なのよ。」
と私が推奨した言い方で話したら息子が納得した、と。
お仕事中にごめんなさいね、といいながら電話をくれたお母さんに、私は販売っていい仕事だなぁ、と思った。
逆の事の方が多いけどぉ。
そして思った。
対応しがいのある客と、しがいのない客。単純に単価や効率の問題じゃない。(いや、人それぞれの感覚だろうけど)
できるだけ誠実に接しよう。相手がそうしてくれる人であるほど。
ちなみにこのお母さん、お受験が終わった後、合格のお電話をくれたそうだ。
私が辞めた後だけど。
(ほんの2ヶ月一緒にいただけだけど、バイト同期だった子がわざわざ教えてくれた)
以来、納得した、金額としてではなく内容として(対応含めて)お得だと思った買い物が出来た時は
「ありがとう」と言うようになった。
意識してじゃなく、するりと。
不思議なもので、だから人は『心底』感じたものは身につくものなのだと思った。
そして、長話にはなるけれども、納得した買い物をする為の話し方はあのお母さんに習った気もする。
流石に言えないけど、スーパーで元気をくれるレジに当たるとついにっこり笑い返してしまったり。
いい気持が循環して、私にまた帰ってきますように。
ケチな根性だけど、ありがとう、といえる度に貯金が出来たような気持になったりする。