片羽の鳥(かたはねのとり)55『世界(せかい)』~未来(あす)に咲く花・番外編 | 梅花艶艶━ばいかえんえん━

梅花艶艶━ばいかえんえん━

『艶が~る』を元に、己の妄想昇華のための捏造話を創造する日々。
土方副長を好きすぎて写真をなかなか正視できません(キモっ)
艶がはサ終しましたが、私の中では永遠です。
R-18小説多し、閲覧注意です。


    口が、利けない。言葉が、出ない。
    私たちが運命に抗おうとしたことすらが、運命だったなんて。
    けれど秋斉さんの言ったことは、すとんと胸に落ちた。私が時を超えた理由。土方さんと出会い、恋に落ち、愛し、愛されたことの意味。

「土方さんは、わたし、を──」

    彼が私をどんなに大切にしてくれていたか、今の自分ならわかる。そう、あの日だって。
    新政府軍の箱館総攻撃が始まった日。土方さんはおそらく覚悟していたに違いない。今日が、かつて会津で私の言った『その日』に違いないと。
    だから私を危険に曝すまいとして、五稜郭に留めておこうとして、土方さんは私を手酷く突き放した。

“馬鹿野郎っ!!    この状況で物資がどれだけ大事だと思ってやがる!!    もう替えなんかねえんだよ!”

    私を見下ろした瞳の酷薄さ。そこに一切の“情”は見出だせず、やっとのことで口にしかけた謝罪の言葉さえ、無慈悲に切り捨てて。

“戦場で同じことをされちゃ困るんだ。残念だが、お前はここに置いていく。お前にできるのは、他人に迷惑をかけないことだけだ”

    そんな風に取り残されて私がどんなに傷つくか、解っていてそれでも、あの時土方さんはああして敢えて“鬼”を演じようとした。そうして彼は独り、行ってしまった。
    私を守るためなら、私を置いて去ることを決断できる人なのだ、あの人は。だから。
    だから今回も──?

「でも……秋斉さん」

    それでも一つだけ腑に落ちないことがある。

「でも、土方さんは死なずに済んだんですよ。銃で撃たれそうになったけど、すんでのところで翔太くんが探してきてくれたカメラで、一緒に現代、に…………っ?」

    その時また、あの感覚が自分を包んだ。
    意識が時間を、空間をも超えてゆく。

──私は、そして彼は、今まさに戦場にいる。そこは、自身の命を繋ぎ止めるだけでも全身全霊を注がなければいけない場所。なのに、あの人は仲間を守り、救うために己の安全など顧みることはしなかった。一瞬たりとも躊躇うことはなかった。
    そんな彼を守れる者がいるとしたら、それは今、自分以外にない。だから私は五稜郭を飛び出して駆けに駆けた。そうしてやっと、彼と出会えた先に見たもの。
    長州の兵士となっていた山田さんとの再会。そして、訣(わか)れ。その直後に訪れた、恐るべき光景。土方さんを銃で狙う、味方である筈の幕軍兵の姿。
    もはや正常な思考を失った男の口元が狂笑に歪む。生と死が、希望と絶望が交錯する、その真っ只中。一点に向かって極度に集中した意識の中で、刹那よりなお短い時間が長く引き延ばされて緩やかに流れる。
    男の指が銃の銃爪(ひきがね)を絞り込む様が、スローモーションのように見てとれた。さっき山田さんの銃口の前に立った時には感じなかった、全身の皮膚がささくれ立つような本能的な恐怖が、思考も理解も飛び越えさせて、まるで全てが予定調和であるかのように私の体を動かした。
    躊躇はない。怯えもない。あるのはただ一念──絶対に、この人を死なせはしない。

    向けられた銃口と彼との間で、その体を弾道から少しでも逸らそうと腕を伸ばす。僅かな距離が無限に思えるほどの焦燥の中で、これまでの二人の記憶が次々と蘇る。
    そうして指先が彼の軍服を掴みかけたその時。痛いくらいの力で引き剥がされて、景色が旋回する。視界の端に、黒く虚ろな空洞から閃く銃火が見え、次の瞬間にはもう、見慣れた背中が視野に割り込んでいた。

──だめ……!

    叫びは喉元で止まる。間断なく続く、大地をどよもし、蒼天をも穿つかのような砲声と雄叫び、そして明朗なほどに軽く乾いた一発の銃声が私の脳髄を震わせた。
    最早そこに希望などなかった。あるのはただ、掛け値なしの絶望だけだった。
    鼓膜の奥が痺れ、それを最後に私には大砲の音も男たちの閧(とき)の声も、一切が聞こえなくなる。心が真っ黒く塗り潰されてゆき──同時に、瞬きを忘れていた瞳が真っ白な閃光に焼かれた。何も見えなくなり、何も聞こえなくなって、空間の認識も平衡感覚も奪われて、現実世界との接点を失っていくその間際。私の脳裏を過ぎった感慨は、哀しみでも後悔でもなかった。
    愛する人と歩む未来、定められた運命を回避したいと希(ねが)い続けた奇跡、全てが潰(つい)えた今の私には、もう、何もない。この世界に留まる意思さえも失って、伽藍堂の洞(うろ)を吹き抜けるような風に抗う力もなくなって、どこへともなく押し流されてゆくのに身を任せた。
    まるで重力を無視したような浮遊感を纏いながら、私はただそこに存在していた。
    そこが真っ暗なのか真っ白なのか、はたまた私の知らない色をしているのかさえ、もう認識出来ない。

    私はただ、その『空間』に存在した。

    そして再び、わたしが“わたし”になった時──

「……やかはん。……艶花はん!」

    名前を呼ぶ声に、はっと我に返る。

「あきなり、さん……?」

    向かいに秋斉さんがいた。着物ではなく洋服を着ている。彼の前には、まだ少し湯気が立ちのぼっているマグカップ。瞳を回(めぐ)らせれば、談笑したり読書をしたり、携帯電話やスマートフォンをいじりながら飲食する人たちの姿が目に入る。
    ここは、戦場じゃない。今は、幕末じゃない──。

「……すみません、私ぼーっとして……」

    緩くかぶりを振りながら、掠れそうになる声に何とか力を込めて謝りの言葉を口にする。

「あんさん今、また過去を『視(み)て』たんやね?」

    こくりと頷く。そして。

「ちょうど、あの日のことを思い出してたんです」と再び切り出した。

「あの日?」

「旧暦の五月十一日の箱館……私と土方さんが、幕末にいた最後の日です」

    ああ、と秋斉さんが相槌を打つ。

「……でも、土方さんは生きてます。ここで、二十一世紀の日本で」

    あの白い光が、私が贈った懐中時計が、彼の命を救った ──

「あの人は生き延びたんです。本当は一本木関門で死んだりなんてしてない!   秋斉さんの言うように、歴史が正しく流れるために土方さんが死ななければならなかったとしたら、そしてそれを土方さんも解っていたとするのなら、どうして土方さんは生きて──」

    自分でも、いつになく興奮しているのが分かった。けれど、冷静になることができない。

「歴史の通りに死ぬことのなかった土方さんは、この世に存在しちゃいけないってことなんでしょうか?    だとしたら、また『世界による修正』が働くんですか!?    土方さんは、無事でいられるんでしょうか!?」

    言い募る私を、彼はまあまあと言って落ち着かせた。私は膝の上で両の手を握りしめ、努めて息を整える。

「とにかく、史実では土方はんは死んだことになっとるやろ……わてらの知っとる歴史通りに」

「それは、確かにそうですけど……」

    つまり、と秋斉さんは組んだ両手の上に顎を乗せて続ける。

「あんさんらは『世界』を騙せたんかもしれへんね。土方歳三は、この世界ではちゃんと死んだことになって、歴史に矛盾を来してへんのやから」

    “世界を騙す”?    無意識に眉根が寄る。

「もしくは、歴史が『世界の意思』の通りになった、と言うべきなんかもしれん。土方はんは確か、銃弾を受けて亡くなったとされとる筈やけど……わてが思うに、土方はんが撃たれたその瞬間に、あんさんらは世界によって定められた『役割』を終えたんとちがうやろか。せやからあんさんは現代(こっち)に戻ってきたし、『世界』から──『運命』から解き放たれた土方はんも一緒に来ることができたんちゃうかな」

「じゃあ……」

    運命を変えることは結局できなかったのかもしれない。だけど私たちは、『運命』に、『世界』に与えられた役割を果たし、『歴史を修正した』。

「なら……私の記憶は戻ってよかったし、土方さんとこれから先もこの世界で一緒にいていいってことですよね……」

「せや。わての考え方によれば、やけど。でも……間違えてへんと思う」

    秋斉さんは力強く頷いてくれた。

「今の彼はもう、新しい人生を歩んどる。それはきっと、『世界』に許されとることなんや。せやから……そこに価値を見出だして、その幸いを慈しんで──」

──なのになぜ今、私の隣に土方さんはいないのだろうか。それを思うと、胸が塞がれるようだった。
    逢いたいのに。逢って、あなたのことを全部思い出しましたよと、言いたいのに。心配かけてごめんなさいと、悲しませてごめんなさいと、謝りたいのに。

「……やっぱり、あん人はわてと似たようなことを考えたんかもしれんね」

    そう言ってから、大きく嘆息する。

「艶花はんが土方はんの記憶を喪ったことも『何か』の意思が働いた故やと思うたんかもしれへん。ほんで、あんさんから離れようとしたんとちがうかな……艶花はんを『何か』から守りたくて。守ろうとして」

    私を守るために、などと自分で考えるのは自意識過剰な気がして抵抗があった。けれど、土方さんの為人(ひととなり)をある程度知っていれば、秋斉さんの言うことも一理あるように思う。
    もしそうだとしたら。私は、会って彼に告げなくては。あなたは誰に憚ることなくここにいていいのだと。たとえあなたが生まれた時代ではなくても、今のあなたの生は『世界』に認められているのだから堂々と生きていいのだと。

「秋斉さん。私、土方さんを探します」

    運命は、世界は、私たちを引き離そうなんてしていない。ならば努力すれば、私たちはきっとまた会える。

「うん。わても仕事柄、人探しなら力になれるかもしれへん。いつでも相談しとくれやす」

    穏やかな笑みとともにそう応えてくれた彼に、私も笑ってはいと頷く。そうして私たちは笑顔のまま、いつかの再会を約して別れたのだった。


【つづく】











やっと秋斉さんの出番が終わりました!
秋斉さん、お疲れ様でした(笑)
次回あたり、現在の土方さんの様子を書きたいと思っているのですが、あすはな土方さんは迷走するのがすっかり大得意になってますので(!)書けば書くほどドン引かれてしまいそうで頭を抱えているのが実情です。
あすはな土方さんはむしろ病んでるのが通常だろJKという、心の広い皆様どうぞよろしくお願いします。