『今ひとたび、あなたに』【3】 | 梅花艶艶━ばいかえんえん━

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『艶が~る』を元に、己の妄想昇華のための捏造話を創造する日々。
土方副長を好きすぎて写真をなかなか正視できません(キモっ)
艶がはサ終しましたが、私の中では永遠です。
R-18小説多し、閲覧注意です。




***

数回のコールで、すぐに相手は出てくれた。

「…久しぶり」

そう言った私の声は掠れていた。

『どうしたんだ?珍しいな』

彼の声の後ろに、何かアナウンスが聞こえる。
……駅にいるんだろうか?

「今、ちょっと話していいかな」

『うん、大丈夫。…後ろ、うるさいよな。ちょっと移動する』



しばらく沈黙して、電話の向こうに静けさがやってきたのを確認して、私は話し始めた。

「今、駅?」

『うん。これから下宿に帰る。電車待ってたとこ』

ゴールデンウィークの間、実家に帰ってきていたらしい。

すぐ近所なのに、わざわざ連絡しなければ、帰省していたことさえ意外と分からないものだと気づく。

「ねえ、翔太君」

私を見守るあかりさんの視線を感じながら、さりげなく私は言った。

「京都に行ってみない?」

電話の向こう、明らかに彼が戸惑ったのが分かった。

『……今から?もう暗いよ?おばさん心配するんじゃない?』

なぜ?とか、今更?とか、そんな質問を投げ掛けるのではなく、咄嗟にそんな心配の仕方をするのが彼らしかった。

「あのね」

せっかく心配してくれる彼の言葉には答えず、私は少し早口になりながら続けた。

「今夜は、もう亡くなってしまった、私たちの会いたい人に会えるんだって。京都に行けば、会えるんだって」

『会いたい人に?京都で?それって──』

だんだん私は興奮していたみたいで、言っていることはあまり要領を得なかっただろうに、翔太君は瞬時に話の内容を理解してくれたらしい。

「うん」

だから私は、短く肯定する。

『お前は、大丈夫なのか?』

「……会いたいの。土方さんに会いたいの」

電話の向こうからは、かすかな駅のアナウンスしか聞こえなくなった。

手のひらがいつの間にか汗ばんできて、気を抜くと携帯電話を落としそうだった。

反対側の手に持ち替えた時に翔太君の声が漏れ聞こえてきて、慌ててしっかりと携帯電話を耳に押し当てる。

『……行こうか』

「いいの!?」

叫ぶように言った私に、小さな笑い声が聞こえた。

『お前が誘ったくせに、何で驚いてんの』

「……そうだね」

不意に目の奥が熱くなる。


私は今まで彼の前で、ということは誰の前でもだけど、この数年は京都という地名すら口に出したことはなかったと思う。

まして彼の名前を口にするなんて、もっての他。

その分、今、私は全身で言葉を紡ぐ。
それは語るというより、祈りとも言うべきものに近かった。

「会いたいの。戻ってきてほしいとも、戻りたいとも思わない。
だけど…でも…ただ、せめて…ちゃんとお別れを言いたいの。それで、今日が、会うことができる最初で最後のチャンスかもしれなくて」

たどたどしい、説明にも何もなっていない私の言葉に、彼は頷いてくれた。

『うん。分かった。一緒に行こう』

あの頃の、そしてあの後も変わらない、優しい声で。

『じゃあ、東京駅で待ってるから』


ありがとう、と私は電話を切ると、あかりさんと一緒に改札をくぐった。



****


待ち合わせの場所に、私と共に現れたあかりさんを見ても、翔太君はちょっと不思議そうな顔をしただけだった。

でも、彼女もカメラのせいで修学旅行中に幕末の京都へタイムスリップしたことや、彼女が持っている三つ目のカメラの機能についての説明を聞き、そしてそれを実際に目の当たりにすると、流石に驚愕していた。


「……翔太君、信じてくれる?」

新幹線のシートに並んで座りながらおずおずと尋ねる私に、翔太君は、うーん俺たち以外にあんなことが起きたってことにはびっくりしたけど、と前置きしてこう言った。

「あんな非日常の極致を味わったからなあ。何が起こってもおかしくないというか、受け入れられるよ」


──非日常の極致。

この時代のこの世界の圧倒的大多数の人が、生涯一度も経験しないであろう出来事に、私たちは参加したんだ。

『私たち』。

──歴史の流れを知っていたにも関わらず、あんなに救おうとした龍馬さんを救えなかった、翔太くん。

──未来から来たことによって、愛した人に結果的に死を選ばせるほど懊悩させた、あかりさん。

──そして、歴史を変えようという独善的な行動によって戦場の彼を銃口に晒してしまったかもしれない、私。


そんな私たちにとって、時を超えたあの出来事は、不幸なことだったんだろうか。

それとも、今でもこんなにかけがえのない日々だったと思える時を過ごせたということは、やはり僥倖というべきなのだろうか。



新幹線の車内で、私たちは殆ど言葉を交わさなかった。

久しぶりに会った翔太君に私も話したいことは沢山あった筈なのに、初対面である翔太君とあかりさんだって、お互い話すことは少なからずあっただろうに、それでも私たちは何も語らなかった。


そんな私たちを乗せて、新幹線は西へと進む。



車内の電光標示は、もう名古屋に到着したことを知らせていた。

京都へは、あと一駅──。