艶が~る 土方ルート鏡エンドより『今ひとたび、あなたに』【1】 | 梅花艶艶━ばいかえんえん━

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『艶が~る』を元に、己の妄想昇華のための捏造話を創造する日々。
土方副長を好きすぎて写真をなかなか正視できません(キモっ)
艶がはサ終しましたが、私の中では永遠です。
R-18小説多し、閲覧注意です。



あなたと出逢い、恋をして、そして永遠に別れるまでの日々。

それは果たして長かったのか短かったのか。

あの、五年には僅かに満たなかった日々の中で、もう私は一生分の愛を知ったのだと信じている。

そう考えれば、長い時間だっただろうか。

でも。

できることならもっと一緒に過ごしたかった。

もっとあなたの側にいたかった。

もっと共に生きたかった。
もっともっとと願ってしまうということは、私はまだあなたとの時間が欲しいのだろう。


あの日々。
はからずもあなたの晩年となったあの五年足らずの月日は、決して楽しいことばかりではなかったけれど。

それでも私はその間、あなたに一生分の愛を捧げ尽くしたし、私が得る筈だった一生分の愛を、あなたに与えてもらった。

長かろうと短かろうと、愛したこと、愛されたことに悔いはない。


そしてたった一葉の写真が、私たちの証として今も手元に残っている。


既にセピアに古ぼけていたそれは、私がこちらに戻ってきて更に五年近くの日々を経て、また少し色が褪せてしまっている。

色褪せを防ぐことも、あの日の色鮮やかさを取り戻す術も、今のこの世界では簡単にできることだと知ってはいるけれど。

写真立てに飾ることもなく、データとして保存することもなく。

あの時から変わらず、高校の生徒手帳に挟んだまま。

あなたと永遠に別れた日から、もうすぐ五年。

私は今、あの時と同じ、満二十一歳。

同じ筈なのに、私の人生では二度目となる、あなたがいないこの五年近くの歳月は、あなたといたあの頃に比べると拍子抜けするほど緩慢に流れ、哀しいほど穏やかで、平凡に過ぎた。

正直言えば惰性だけで生きているけど、今日も私は、眠り、起きて、食事を摂り、大学へ行って、就職情報をチェックして、友達と話し、笑い、アルバイトに精を出す。


いつか遠い明日、私の鼓動が止まる日が来て、あなたに再び巡り会えた時に。

あなたが「まあ、そこそこ頑張ったじゃねえか」とまた私の頭を撫でてくれる──その夢想だけを生き甲斐に。

今日も、せめてあなたに対して恥ずかしくないよう、それだけで私は漫然とだけど何とか生きている。


**

今日で、アルバイトは最後だ。
就職活動も忙しいし、もっと早くに辞めるつもりが、ゴールデンウィークが終わるまでと半ば哀願されて結局今日、五月五日まで続けることになった。

お世話になりましたと挨拶した私に、店長と先輩が小さなブーケをくれた。


ブーケを手に、私は駅へと向かった。

五月五日。あの人の誕生日だ。
実際は旧暦の五月五日だから、正確には『今日』じゃないんだけど、あの人が「俺が生まれた日?あぁ、端午の節句の日だ」と教えてくれたから、毎年この時代の端午の節句の日は彼の誕生日だと思うことにしている。

──今日、花束を貰えてよかった。

あなたの生まれた日を祝うために花束を買うなんて、私にはなぜだか、出来ない。
でも家に帰ったら、あなたを想いながらこの花を飾ろう。


そんなことを考えてたらもう改札の前で、私はいつものように、鞄から定期入れを取り出そうとした。

でも不意に、知らない声に自分の名前を呼ばれて、手にした定期入れを鞄の中で落としてしまった。


声がした方を振り返ると、私より少し年上に見える綺麗な女性が、懐かしそうに微笑んでいた。


***

「ごめんなさい、突然に」

怪訝な顔で見つめる私に、彼女も少し恥ずかしそうに目を伏せる。

駅のライトのせいで、長い睫毛が彼女の白い頬に濃い影を作った。

「私、ずっとあなたを探してたんです」

そう言う彼女の姿には、申し訳ないけど心当たりがなくて、私は首を傾げる。

「あなたとは一度お会いしただけだから、覚えていないかもしれませんね。私の名前は、あかりといいます」

あかりという名前にも、聞き覚えはなかった。
でも彼女が続けた言葉に、私の脳裏にある風景が去来し、思わず声をあげそうになった。

「あかり、は『明るい』『里』って書くんです。だからあの頃は……あの頃、京都島原では、そう書いて『あけさと』と名乗ってました」


──あけさと。京都。島原。


『明里天神』──。


私は彼女を改めて見つめた。

髪型もメイクも服装も、記憶の中のあの時の彼女とは大きく異なる。

でも、そう言われて見てみると、すっきりとした一重まぶたの大きな目、それを縁取る長い睫毛、薄い唇が刻む優しげで美しい微笑み。

「山南さんの……」

思わず洩らしたその名に、彼女は切なそうにまた微笑んだ。

「山南せんせの……あの、時は……ほんまにえらい、お世話になりました」

あかりさん──明里天神は、綺麗な京ことばでそう言った。



****

「私もね、高校の修学旅行先は京都、奈良、大阪でね」

あかりさんは、ゆっくりと話し出す。
その話し方には、もう京都の訛りはなかった。

「京都で、古道具屋さんに入って、棚にあった古いカメラを何気なく手にしたんです」

京都の古道具屋。カメラ。

「まさか」

あかりさんは、小さく頷く。

「カメラをさわった途端、白い光に包まれて…気がついたら、私は独りで幕末の京都にいました」

***

自分が同じことを経験していなければ、俄には信じられない話だった。

でも、私は信じられる。全く同じ体験をしたんだから。
ただ、あのタイムスリップを体験したのが、自分と翔太くんだけでなかったことには驚いたけれど。

「気がついたら独りぼっちで幕末の京都に来ていて、すごく驚きました。驚いたどころじゃなかったけど。
何が何だかわけが分からないし、当たり前だけど誰も知った人はいないし、ぼーっと、鴨川の河原にいたら」

あかりさんは、そこでふんわりと笑った。

「河原に先客がいてね、それが山南せんせ」

はにかむように頬を染めて、そう言った。



山南さんと出会ったあかりさんは、高校の制服姿でいるのを不審に思った山南さんに事情を尋ねられ、どうしてここにいるのか分からない、元いたところへ帰りたいと泣いたそうだ。

山南さんは、やっぱり見た目通りの善い人だったらしい。
帰る手段が見つかるまでということで、あかりさんの身元保証人を引き受けてくれた。

取り敢えず、どこか住むところと働くところを探そうとして、あかりさんが幼い頃から日舞を習っていたことから、芸妓なら住み込みだしということで、何度か行ったことのあった島原の茶屋を紹介してくれたということだった。


たった一人、見知らぬ過去の時代にやってきたあかりさんは、この島原で生きるしかないと決意し、元々の日舞の腕前に加えて、その他の稽古に対する努力も実ってそのうち評判の芸妓となり、ある置屋に、いわゆるスカウトされた。

そして程なくして、彼女は島原の『天神』となる。


「まさかと思いましたけど、あの時代なら、私くらいの教養や力量でも、少し努力すれば天神にもなれたんですね。勉強とか、何かを学ぶことは昔から好きだし、あそこでのお稽古ごとは、幸い私に向いていたんです…」

そう彼女は言ったけど、彼女の舞は当時相当の評判だったから、現代でもかなりの腕前ではないかと私は思った。

話していると、聡明なひとだということも分かったし、何より綺麗なひとだから。


「山南せんせは、いつも私の味方でいてくれて、遠く近く、私を守ってくれて…恋愛関係になるのに、そんなに時間はかかりませんでした。
そして私は、自分がおそらく未来から来たということ、きっかけは古道具屋にあったカメラだと思うと、打ち明けたんです」


山南さんは、あかりさんの話を素直に信じてくれたという。
そして、彼女の言った「カメラ」探しを手伝ってくれた。


「私は…山南せんせと一緒にいたいから、元いた時代に帰ろうとは思わないと言ったのに」


それでも山南さんは、あかりさんは幕末のこの時代に本来いるべき人ではない、いつかは未来に戻るべきだと考えて、カメラを探し続けたそうだ。


そして、件のカメラがどうやら江戸にあるらしいと突き止めた。

だが、京で新選組の一員として働く彼は、確かめに行けない。

でも誰かに頼めることでもない。

ようやくそれらしいカメラが見つかったというのに──


思い悩んだ挙げ句、山南さんは脱走という形で江戸へ奔(はし)った。


しかし、途中の大津宿で追っ手として差し向けられた沖田さんに追い付かれてしまう。

なぜ、と必死で理由を尋ねる沖田さんにも、山南さんは無言だったという。


「せんせは…私が未来から来た人間だと知ってから、ずっと悩んでました。この時代にいるはずのない、私との関係に。
私は、自分がせんせの目の前にいることは運命なんだ、私はきっと来るべくしてこの時代に来て、あなたに出会ったのだと主張したけど、せんせは理屈っぽいとこがあったから、どうしても自分の中で納得できなかったみたいで…余計にカメラを見つけることに執着するようになっていたんです」


あかりさんの話を聞いて、山南さんが脱走し、隊規に違反したとして切腹した日、私をお座敷に呼んだ土方さんの様子を思い出した。

あの人は、山南さんとあかりさんの関係を、山南さんの苦悩を、脱走してまで江戸に向かおうとした理由を、知ってたんだろうか。

知ってたから、あんなに辛そうだったんだろうか。
それとも知らなかったから、あんなに悲しそうだったんだろうか。

「でも、いざ脱走したけど、せんせは途中の大津にわざと留まりました。そして、追ってきた沖田さんに自分から近づいたそうです」

「どうして…」

「私が元いた時代に戻るためには、自分がいなくなればいいと思ったんです、せんせは。未練を断ち切らせようと」

自分さえいなくなれば、あかりさんがあの時代にい続ける必要はなくなる。
あかりさんを未来へ帰すために脱走した山南さんは、カメラよりもまず、あかりさんをあの時代に繋ぎ留めていた自分がいなくならなければと考えて、切腹という処罰を従容として受けたのだ。

「じゃあ、あの時…」


『せんせに会わせて下さい、あなたなら、土方さんや沖田さんと親しいあなたなら、どうにか出来ませんか、お願いします──』


半狂乱で私の目の前に現れたあの日のあかりさん…明里天神の姿が蘇る。


山南さんと最後の言葉を交わす明里さん。


『…僕は死ぬ。脱走という罪でね。もう君がここにいる理由はないだろう。カメラとやらは見つけた。あかり、江戸へ行け。そして君は帰るんだ。君がいた時代に』

『きっと僕は、君が生まれた時代に生まれ変わって、また君に出会う。だから』

『来世では、必ず夫婦に』