ドン・キホーテは「権限委譲」や「圧縮陳列」「サムシング・ニュー」という手法を持ってここまで成長を続けてきました。そして、その独自性が一般消費者に認められ、支持をされたからこそ、今のドン・キホーテの地位があるのではないでしょうか。しかし、そこには多くの苦労があったことと思います。その独自性を身につけるために、どのような苦労があったのか、その点について今回のブログでは紹介をしたいと思います。

『しかし、最初からそれが簡単にできたわけではない。できるどころかまったくできなかった、というほうが正しいだろう。確かに他店では店長を務めるような流通のプロである見学者でさえ、いくら説明してもわからず、真似でもいいから、といってもできないのだから、それをやれ、といってもむずかしかったかもしれないが、私には当初、私にできたことがどうして社員にできないのか、わからなかった。』

自分にとってはすぐにできることであっても、教えても他人にできないということを理解していなかった状況において、このような状態は理解に苦しんだのではないでしょうか。事実、私には当初、私にできたことがどうして社員にできないのか、わからなかった。と安田氏も言っていることからも、当時のこの驚きは十分にあったのだと思います。

『なにも、全然教えないでやれといったわけではない。乃木大将ではないが、やってみせ、いって聞かせてさせてみせ、誉めてやらねば・・・のとおり、手をとり足をとり教えたのだ。それでもできないのだ。こうなんだからと、いくらいってもダメなのだ。私は頭を抱えてしまった。』

手をとり、足をとり教えてもできないということは裏を返せば教えてもできないことを教えているということになります。この点に気がつくのもやってみて初めてわかることであり、安田氏からすれば初めての経験だったのだと思います。

『だが、今にして思えば、できなくて当たり前だったのだ。崖っぷちに立って、人生をかけて死に物狂いでやっていた自分と、給料の代価としての仕事をしている社員とでは、基本的なスタンスがまったく違う。それなのにマニュアルがつくれないほど複雑なことをやれというのが、どだい無理だったのだ。』

※下記著書より一部抜粋
著書:流通革命への破天荒な挑戦!―ビジネスの原点は「常識」を疑うことだ