ドン・キホーテという企業にみなさんはどのようなイメージを持っていますでしょうか。実際、主要な都市にはドン・キホーテは設けられており、多くの人がこの店舗に足を運んだことがあるのではないでしょうか。前回のブログでは、このドン・キホーテを創業した安田氏の過去のルーツについて少し話をしてきました。ドン・キホーテは安田氏が一代で築き上げた企業です。今風に言うとベンチャー企業から始まり、これほどまでの大手企業にまで短期間において成長しました。では、なぜこのような成長をすることが出来たのか。その安田氏の過去について今回のブログでも触れていきたいと思います。

 

『おばちゃんから騙し取った100円を握りしめて駅に行った。ゴミ箱からスポーツ新聞を拾い、日払いの仕事を見つけて、その100円で電車に乗り面接に行った。自分でも嫌になる程情けない話だ。』

 

前回の続きとなるのですが、これほどまでに厳しい経済状況を味わったことがある人は少ないのではないでしょうか。ただ、嘘のような話ですが、これは実際の話であり、あの大きな企業であるドン・キホーテを創業した安田氏の過去の話となります。

 

『その時、見つけた仕事は新聞の拡張員。今は違うだろうがその当時、新聞は「インテリがつくってヤクザが売る」といわれていた時代で、拡張員には刑務所帰りなど珍しくなかった。自転車のカゴに景品である洗剤などの拡材を積んで1軒1軒注文をとって歩く。夕方行くと、自分と同じ歳格好のお父さんを囲んで家族が食事をしている。それをみて、大学まで出てオレは一体、何をしているんだろうと落ち込んだものだ。』

 

今の安田氏からすると考えられない状態にあると思います。ただ、このような状態があったからこそ、今のドン・キホーテがあるのかもしれません。

 

『このままでは、またハンバーガーの自動販売機の世話になる、と思い商売のヒントを鵜の目鷹の目で探していた。そのときひらめいたのが質流れ品を売ることだった。これなら、仕入れも安くて少ない元手でもできると思ったのだ。』

 

何が良いかわからない。安田氏は多くのことに挑戦し、失敗する過程において成功のヒントを掴み取ってきたのではないでしょうか。

 

『ところが、始めてみると、質流れ品や通称バッタといわれる金融品の業界はとにかく一筋縄ではいかない世界。先方の口車に乗って高い売れない商品ばかり仕入れて、何度も倒産寸前の目にあった。』

 

※下記著書より一部抜粋

著書:流通革命への破天荒な挑戦!―ビジネスの原点は「常識」を疑うことだ


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