日本経済が急上昇し、国中が湧き立ち、心も浮き足立ったバブル景気という時代があった。私は、このバブルというものには完全に乗り遅れた。だから、その恩恵に与かることなかったが、その反面、バブルが弾けて、墜落するという経験もない。ただ、ずうっと地面をゆっくり歩いていた。30歳という節目ギリギリで、公務員に転職し、だから、給料は安い。そして、同時期に結婚とその後の子育て、バブルに浮かれている金も暇もなかったというのが現実だったわけだ。

 別に不幸だったとは思っていない。まあ、人並みに以上に子育てを楽しめたし、多くのことをその時期に学べたと思う。休みの日には堤防に行って、段ボールなどを尻に、芝の上をすべ降りたり、スケートボードに乗って滑り降りたりとそれまでしたことのなかった体験に心を浮立たせていた。

 また、長野市内に転勤した時は、小学校で「スキー教室」があるという話を聴いて、自分の子供だけ滑れなかったら可哀想だ」と、週末にスキー場に出掛け、一回だけ、スキー教室に入って、滑り方を教わった。それから土曜日は朝からスキー場に出掛け、一日滑走券を買って滑り、昼に一旦家に戻り、子供たちが学校から帰って来るを待って、子供たちを連れてスキー場に戻り、また滑った。

 大体スキーなどというものには全く無縁な埼玉に生まれ、育ったわけだから、全く経験がなく、滑るという感覚を知ったときに、トキメキ、そして完全に嵌ってしまった。子供が小学校のスキー教室に参加した時には、クラスの中でもすきー経験の多い方だった。そうそう、長野いる人が全てスキーをするわけじゃない。寒がりもいるし、運動嫌いな人もいる。スキーが好きという人はやはり少数派に入るらしいと後になって知った。