〜玉ねぎの皮の境界線〜


みなさん、はじめまして

ロバの耳、ご覧いただきありがとうございます。
ロバです。


やりたいことが見つからず
毎日同じことを繰り返し
とりあえず生きるだけの生活
送ってる自分を変えたくて
まずはじめてみました。
よかったら見てってください。


突然ですが!!
人生の幸せか不幸かを決めるのって
玉ねぎの皮の境界線がどこなのかを
判断するのと一緒だと思いませんか?



は!?
と、思った、そこのあなた!
もし、あなたに、あなたの心に余裕があれば
きっと1人の時間は退屈なものになるかもしれないし
または人間関係や仕事につかれて
1人になりたいと思っている人からすれば
その時間は心が休まるひとときなのかも
しれません。



誰もがうわべだけの関係や八方美人に生き
何かを被って息苦しそうに生きてる日常で
何もしない時間こそが一番の
幸福であり不幸だと私は思います。



感じかたは人それぞれ
1人の時間も何かをしていないと
退屈でソワソワして勿体無い!と思う
人からすれば、不幸はその時間そのもの
1人でいたい人からすれば
その時間は至福のひと時にかわるかも…



玉ねぎの皮ってどこまで
剥けばいいか正解なんて
わからないと思いませんか?
外側の茶色い部分だけ剥く人もいれば
何枚か剥いて食べる人
だっていると思います。


もっといえば外側の皮だって人間が
食べる上で必要ないだけで動物からしたら
実も皮も食べる事もありますよね。


会社や飲み会の席、日常的に生活を送る中で
昔からのこれが当たり前だから平成は
なんて言葉にられ
ルールや常識という言葉に
騙されないでください。

守るべきものは守る
変えるべきものは変える


それを判断していかないと
息苦しくて、動きにくくて、意見もいえなくて
自分の考えなんてなくて、ロボットみたいに
なってしまうと思いませんか?

人間は感情に基づいて涙を流せる
唯一の生き物と言われてます。
そんなことができるのに
面白くない人生は本当に
生きてるって言えるんでしょうか。


常に観察し、考え、試してみてください
判断に迷ったときは
そのルールや常識と呼ばれるものの
意味を考えてください。
"誰のための"ものなのかを
会社の為!や、みんなの為!なんて
建前だけの言葉にされずに…


それがいま自分がいる場所の
みんなのために本当になるなら
守るべきだし、変えるべきなんです。


玉ねぎの皮は人間にとっては
食べないものだったから
人間とってはそれが常識でいいんです。
動物にとっては皮も食べる
それがその動物にとっては常識だから
それでいいんです。
犬のように食べる事自体が毒な場合もあります。
だったらそれは食べないが常識なんです。



できいたもの
でみたもの
で感じたもの
全てが正しいと思わないでください。


常に、疑い、意志をもって
あなたが玉ねぎをどうするか
決めてください。


たかが玉ねぎ、
されど玉ねぎ。



何も考えずにむいていると
気づいた時には無くなっているかも
しれませんよ。


ありがとうございました。