今、着る服困らない? ブログネタ:今、着る服困らない? 参加中
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ずいぶんと久々の更新になりましたが。

なかなか、落ち着いてパソコンを開く余裕のない毎日で

ましてや文章を紡ぐゆとりなど無くて、こんなにも間があいてしまいました汗


まずは、お題。

今着る服は、一番困らないですんでます。

なぜって、欧州の夏に着ていた服がそのまま使える季節に、やっとなりましたからね。

もう少し寒くなってしまうまでの間は、着る服が結構有ってありがたいおんぷ







夏休み明けてから、娘の通う学校の様子が変わってきました。

おそらく、休み前の2週間は、クラスメイトも様子見だったのでしょう。

それが、休みをあけたら容赦がなくなっていた。


今の中学校に当たり前の会話たち。

「まじ、うざいし。消えて」

「死んでほしいわ、ほんと。」


ずっと、そういう言葉でやり取りをしてきた子どもたちにとっては日常の風景なのでしょうが

娘にとっては、びっくりするばかり。


イギリスでの一年間、現地の女子校に通っていたのですが

キリスト教の学校で、生徒ひとりひとりが思いやりのある、気持ちの良い子だったらしい。

「ママ、すごいんだよ。ここの学校、必ず先頭の人がドアを開けて待ってくれてるの」

「どうぞ」「ありがとう」と、笑顔で(それが儀礼的であったとしても)やり取りをしていた世界。


そこから、いきなり入り込んだ、心無い言葉を簡単に使う子どもたちの世界。


通路に立って、友達と話し込んでた娘に、後ろからひと言「邪魔!」

提出物を集めてる娘に、「うざいし!」


「さすがのあたしでも、心が折れるわ…」と、暗い表情で帰宅する娘です。


それが日常会話だから、悪気はない。

いじめ?とんでもない、思ったことを口にしただけ。

だって、邪魔なんだからそう言って何が悪い?


何が正しくて、何が間違ってるのかよくわからない世界に、

母子ともに唖然とするばかりです。


「もうさ、あたし、あきらめたからいいんだ。」という娘に、

あたしができることは何か、何を助けてほしいのか聞いてみたら

「いいよ、ママは美味しいご飯を作ってくれたらそれで」




日本って、どういう国になってしまったんだろうね

ひとりひとりと話してみたら、決してすれた子ばかりじゃなくて。

「知らない」からなのだろうと、書道教室をやっている友人に言われました。

なにも、教わってきていない子どもたちだからね、って。



スーパーへ買い物に出かけた帰り道

前を走っていた車が、危うく左から出てきた車と衝突しそうになった。

先を譲ってもらったと勘違いしたのか、出てきた車がそのまま行こうとすると

それを、クラクション鳴らしながら追い越して、隣に車を横付けし

鳴らし続けながら運転手を睨みつけてる。


うっかりさんの出てきちゃった車は悪いよね、たしかに。

でも、自分がむかついたら、後続車のあたしに迷惑をかけることも考えず

道路をふさいで、クラクションを鳴らし続けて、相手に怒りを表す?


その車はワゴン車で、家族皆で乗ってるようでした。

子どもは、小学校低学年くらいだったかな

ねえ、恥ずかしくない?

自分の子どもの前で、その感情の表しかたって…


車の中では「お父さん、やったね!」ってなってるのかな

だから、今の子どもたちができあがっちゃってるのかな


子どもたちが見本にすることができるような、

筋の通ったちゃんとした大人が、いなくなったようですな。