高雄で美麗島事件が起きたのは1979年12月10日、もう42年も過ぎたんか!美麗島事件に触れている過去記事⇒2017年12月10日 ・ 2015年12月10日
7時10分F本看護師来室、検温36.4°、8時5分佐藤医師来室、12月13日外来受診は先ず麻酔科で説明を受け、次に泌尿器科での説明との事。
カミさんは緊急入院時に病状説明を私と一緒に受けていず、その後の緊急手術の際も、手術の段取りを知らされただけでしてね。
主治医から病状全般についての説明を受けるのは初めて、普通はもう一寸早い時期に説明を受けるんちゃうんかなぁ?。
昨日の造影CT検査の結果では、今のところ他臓器への転移は認められんそうな、しかし膀胱には残ってるのでこれは取ってしまうしかないんやて。
転移が無ければ不幸中の幸い、主治医曰くには、MRIで検査したいんやけど、心臓に金属ステントが入ってるから、出来んのが残念やそうな。
昔は癌といえば家族には知らせても、本人には隠したもんやったそうやけど、今は告知の是非なんか問題になれへん、時代が変わったんやねぇ。
それでも、「癌です。」といわれたら、罹れば命取り、という意識が残ってる私等の世代では、治療法が進んでるとはいえ”げっ!”と思いまっせ。
まぁ、なったもんは仕方ない、舟に乗ったら船頭さん任せ、専門家を信じて俎板の鯉、ただしファイティングポーズは取り続けてんとね。
精神論はあんまり好きや無いけれど、国立循環器病センターに入ってた時、気の持ち様で回復の早さがある程度左右される、と聞きましたわ。
もうアカンと諦めてしまうと、ホンマにアカン状態になる事が多いんやそうな、してみると、この世に未練を持つてるのは大事やね。
今日の予定は点滴4本終了後に心エコー検査と聞いてたら、9時10分にT田看護師来室して心エコー検査を先にするんやて。
2階の生理機能検査部で、検査技師が研修医にレクチャーしながらの検査で、通常よりも念入り丁寧な感じ、専門用語が判らんのが残念でしたね。
ゲインがどうとかレンジがこうとかいうのは何となく判るような気がしても、肝心の心臓の部分名や状態をあらわす単語にはお手上げ。
しかしながら、断片的に聞き取れる部分も有り、想像するに問題点は幾つかあれど、直ちに治療を要するような状態では無さそう。
15年余り前に、心筋が広い範囲で壊死し、一時はあの世へ行きかけたのを、疵物の心臓を騙し騙し何とか来たんやよって、よう保ってる方でっせ。
9時40分帰室、T田看護師、1・2本目点滴開始、10時15分3本目(抗癌剤)点滴開始、10時40分血圧100mmHg・56mmHg、10時45分「柿のへた煎」。
11時15分、T田看護師滴下速度調整、11時55分4本目維持液点滴開始、12時30分滴下止まりシリンジにて流路確認し改善。
13時35分4本目終了、5分間生理食塩水を点滴後抜針、14時30分「柿のへた煎」、16時7分自宅にTEL、不通、留守電に入れ16時47分コールバック有り。
どうにも気分優れず、17時35分S面看護師来室、夕食は米飯4口ほどしか食べられず、今回は不快感がキツイなぁ。
20時T田看護師来室、「どうぞお大事に、」明日は退院時間に居ないので挨拶に来てくれたんやて、ありがとう。