ゴリ弁に続き、ゴリラがきまり悪そうに入室してきた。全員が冷ややかな視線でゴリラを迎える。
やっとゴネ終わったんかチーン
 H先生は微動だにせず、ゴリラの方を見ようともしない。
 
「お待たせして申し訳ありません」とゴリ弁。
 家事調停官Dさんに促され、2人は着席した。
 
「りんごさん、少し椅子ごと後ろに下がれますか?」
 
 H先生が耳打ちしてきた。言われた通りに下がると、H先生とゴリ弁が壁になり、私からゴリラの姿は全く見えなくなった。
 
「はい、これでお揃いですね。

本日2020年9月15日、申立人りんごさん、相手方ゴリラさんの調停離婚が成立致しました。
 
 ゴリラさん、申立人りんごさんに財産分与〇〇〇万円の支払義務、未払婚姻費用〇〇万円の支払義務があることを認めますか?」
 
「はいはいはいはい!認めます認めます!」
 
「では、10/15を限りとし、申立人代理人H弁護士の預かり口座にお振込みをお願いします」
 
「はいはい、分かってます!今日振り込みます」
 
「いえ、今日の今日はちょっと」
 止めるゴリ弁。この話はまだ終わってなかったようだ。 
 
「本日でお願いします。これほどの誠意はないかと」
 H先生も食い下がる。
 
「H先生、調停官は10/15限りと申されております。それでよろしいのでは」
 
「代理人として、ご本人の意向を汲まない理由はなんでしょうかむかっ
 
「H先生、何かお急ぎの理由でもあるんですか?」
アンタお金ないの? 貧乏街弁は大変やなー
 
ムキー申立人に必要以上の不安を与えないで頂きたい、それだけです」
お前らが信用出来んだけじゃ!
 
 何やねんこの時間ドンッ

「ど、どうしましょう滝汗
Bさんに助けを求めたが
 
「ほっときましょう。よくあることだから」
Bさんは冷たい。
 
「はい、では、10/15を限りとして、なるべく早くにお振込みということで。それでよろしい?!」
 
 調停官の鶴の一声により2人は黙った。
 
「承知いたしました。申し訳ありません」
 
 H先生は黙っている。 
 よほど気に入らなかったらしい。
 
「はい、分かりました」 
 おかしなタイミングで、ゴリラの声がした。
 いや、誰もアンタに何も聞いてないから滝汗
 振り込みするのはアンタだけどね滝汗
 
 それにしても、さっきの口の利き方は何なのだ。
 初対面の方に向かって、しかも離婚成立の席だというのに。
 あの滑舌が悪く、上ずった早口な口調は緊張していて、余裕がない時のゴリラの癖なのだが、知らない人にしてみれば、挙動不審で礼儀知らずな、ただの中年男である。
 
 これからも、失礼を重ねて生きていけばいい。
 私にはもう関係ない。
 
「申立人代理人H弁護士」
「はい」
「相手方代理人ゴリ田弁護士」
「はい」
 
「異論は」
 
「ありません」「ありません」
 
「では、これをもちまして終了と致します。お疲れ様でした」
 
 全員が立ち上がり、一礼する中、適当に会釈して退室しようとするゴリラ。どこまで失礼なのかゲロー
 
「あ、ゴリラさん!ちょっと聞きたい事が」
 
 Aさんがゴリラを呼び止めた。
 
「調停調書送達の住所は、〇〇市〇〇町で間違いないですね?」
 
「そうですそうです」
 
 それだけ言って、挨拶もせずゴリラは出て行った。
 私が見たのは、ヨレヨレのカッターシャツを着たゴリラの上半身と、パンダ柄のマスクをした横顔を一瞬だけである。

 ちなみにこれ。
 裁判所にこれですわ。

「いや、よかった思ったより早く終わって」
「これから頑張ってね。まだ若いんだから」
 
 調停委員さんに励まされると、涙が出てきた。
 
「お世話になりました。ありがとうございました」
 
 爆  笑りんご、仮釈放爆  笑
 
「そろそろ出ましょうか。私は隣のタバコ屋さんに用がありますので、外まで一緒に」
切手だか印紙だか、何かを買いに行かないといけないらしい。
 
 H先生と裁判所の外に出ると、
 
 ゴリラとゴリ弁滝汗 がいる。 何でやねん!
 流しのタクシーが捕まらない様子。
 
「見つかりたくないですね。ちょっと待ちますか」
 
 見られないように木の陰に隠れた。
 私と先生は小柄なので、十分に隠れられるのだ。
 
「H先生、先生のおかげで離婚成立出来ました。本当にありがとうございました」 
 私は心からの感謝を込めて頭を下げた。
 
「りんごさんが頑張ったからですよ。私は仕事をしただけです。あと、まだ清算や残務処理がありますので、私とのお付き合いはまだ終わりではありません(笑)」また事務所に来てもらうで
 
 後ろ姿から見るに、ゴリラは随分痩せた。
 突然妻に出て行かれ、実は風俗店通いを知られており、モラハラしていたことや借金もバレ、もうお前との婚姻は無理、離婚してくれと弁護士から突き付けられ・・・パニックのような8か月はゴリラにとっても悪夢の日々だったに違いない。
(まあ、もともとはデブだったし、図太い男だから、そこまでダメージ受けてないかもしれんが)
 
「先生、つまらないことを聞いてすみませんが」
 
「何でしょうか?」
 
「私は勝ったんですか?それとも頭おかしいゴリラに負けたんですか?」
 
 譲歩したゆえ、すっきりしない。
 
 タクシーを捕まえたゴリラとゴリ弁が、慌ただしく乗り込んで行くのが見えた。
 
「完全勝利です。別居から一度も会わず、有責事項を全て白日の下に晒し、ゴリラさんをマンションから追い出しました。これ以上の勝ちはありません。あの憔悴ぶりを見れば、一見、ゴリラさんの方がかわいそうに見えますが、見た目よりだいぶお元気そうですし。本当の被害者は、ずっと前から陰で泣いてたわけですからね…よく頑張られました」
 
「最後のあれ何だったんですか?振込を遅らせるという嫌がらせですか?本当にやめて欲しいんですけど」
 
「あははは!爆  笑何ですかね、分かりません・・・・・では、私はここで失礼致します。タバコ屋さんに行きますので。またご連絡致します」
 
「はい、本当にありがとうございました」
 
 2020年9月15日。
 婚姻したのが2010年3月15日。
 私と元夫の、10年と6か月に渡る婚姻生活は、こうして終了した。
 
 空を見上げると、雲がぼやけながら流れて行くのが見えた。
 まだ暑いが、季節は秋に向かっている。
 結婚式の日も、予報では雨だったのに、当日は気持ちのいい晴天だったな・・・・・
 
 そんなことを思いながら、私はバスには乗らず、歩いて帰ることにした。
 現実感がなくて、ふわふわとした雲の上を歩いているような気分だった。


 

 

 

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