長野山(大仙市長野):かつては霊山だった山 / 秋田県唯一の国宝が「ドンパル」に❣️
128.長野山(大仙市長野)標高:254m駐車場:なし(近隣住民にご配慮ください)トイレ:なし登り片道:1時間 10分 (長野大橋から)スマホ高低差:210mおすすめPoint:信仰の山です。三角点はありません。歴史:長野山は古来、山全体が霊山として人々の信仰の対象になってなり、峰の薬師堂、蔵王権現社、太平山神社、松尾神社、金毘羅神社などが祀られていたことから、別名「五社堂山」とも呼ばれていました。宝永6年(1709)、峰に蔵王権現社が建立された時の軒札が残されています。長野神社は明治8年に長野村村社となり、その後地域の小社を次々に合併し大名持命(オホナモチノミコト), 少彦名命(スクナヒコナノミコト), 三吉大神(ミヨシノオオカミ), 言代櫛磐窓命(コトシロクシイワマドノミコト), 豊磐窓命(トヨイワマドノミコト), 天照皇大神(アマテラススメオオカミ), 須佐雄命(スサノオノミコト), 豊受姫命(トヨウケヒメノミコト), 大国主命(オオクニヌシノミコト), 八穂米大神(ヤホシネノオオカミ )など10の神々が祀られています。昭和21年に宗教法人「長野神社」となり、長野山頂上から玉川の対岸に移されました。お祭りは、元旦の早朝祈願祭、3月のぼんでん奉納、9月10~11日の長野神社大祭(約1トンの重さの神輿)が行われるそうです。(長野神社境内の看板より↓)(長野神社 - 秋田県:歴史・観光・見所に同じ記載あり)(アマテラスとスサノオって仲が悪かったんじゃなかったかな~🤔スサノオと大黒様との関係もビミョウたっだはず)ここの地名は、長野村(1889)→長野町(1922)→中仙町(1955)→大仙市(2005) と名称が変わった。長野山と松尾山を含めたこの一帯を地元では堂山と呼んでいる(新奥の細道 看板より↓)民舞教則DVD DVDでまなぶ・おぼえる秋田県中仙町 ドンパン踊りAmazon(アマゾン)${EVENT_LABEL_01_TEXT}道案内実は、今年5月にチャレンジしたんですが、登山道がヤブでわからず、断念した山です今回はリベンジなのですが、その作戦は、「とにかく尾根までヤブをかき分け登る」という作戦果たしてうまく行くのでしょうか道の駅なかせん(ドンパン節の里)(0187-56-4515)を起点とします長野大橋を渡り、130mほど進んだ所を右折しますここに「新奥の細道」の看板がありますこの前に🅿️看板を見てみます「新奥の細道」は周遊コースを整備していたんですねしかし、現在はヤブ化しています 1周できるかは、、、そのまま砂利道を進みますここは直進⬆️左は大型トラック🛻が出入りしますので、注意してください⚠️直進すると「長野水質監視局舎」がありますさらに進むと、上り坂になりますが、5月はこんなに荒れていませんでした(前途多難な予感しかしない)登山口に着きました期待を裏切らないヤブですね~前回(2025.5月)は、この谷を歩こうとして、丸太がゴロゴロしていて歩けなかったんです今回は、あの尾根まで一気に駆け上がる予定つまり、こういう事あとちょっとやったー、尾根に出たーけど、ヤブ え~、やっぱこれもダメかな~振り返るとこんな感じでも、点線まで行こう見つけました「新奥の細道」の杭⁉️案内板は腐って無くなっていましたこの尾根、けっこう急勾配ですでも🎀発見こっちであってるのかな~この倒木は、右? 左? 越える?とりあえず、点線の方へまた、案内板がありました今度は「長野神社跡 0.8km」 と書いてあります(手前は腐り落ちていました、おそらく「登山口 ○km」?)裏に回るとここが「金毘羅神社」跡だったことがわかりました🙏ここは見晴らしが良さそうですが、先を急ぎますあれ、林道(軽トラの通れそうな道)に出ました⁉️でも、ふもとにはつながっていませんこの区間だけ、不思議な道です🎀が3つ見えますなら安心だ~げ、行き止まり地図は、点線から外れてる仕方がないので戻りますが、点線に戻る とっかかり が見つけられません3つの🎀まで戻ってきました🎀の左↖️ではなく、🎀の右↗️が道でしたやっぱ、ひどいヤブですでも点線に復帰これはベンチですね笹ヤブは嫌だな~たまにトゲトゲの木がありますピンボケですが、右のトゲトゲの木に帰り道で刺さりました尾根を登るので道を間違える事は無いと思いますが丈の高い笹ヤブは、ちょっと怖いですね看板を見つけました「長野神社跡 0.1km」↑「バス停 2.3km」↓バス停は、私のスタート地点より前、長野大橋を渡る前です(案内地図参照)「極楽野」とは周回コースの出口ですが、ここも荒れていそうです(倒木 x2)「長野神社跡 」への道も笹ヤブでしたなんとな〜く、高い方へ進んで行くと、石碑を発見これが、「長野神社本殿跡 」の広場ですしかし、まだ上に山がありますので、右側から登ると↗️、ありました「太平山古宮跡」です太平山の方が長野神社より高い位置なんですねこの柱の裏には「昭和56年(1981年)9月 講中一同」と書いてました しかし、ここで満足してはいけません山頂はもう少し先GPSだけを頼りにヤブを進んでいきますここが一番高いかな何も標識はありませんが、青い杭がありましたのでこれが目印と信じようでもYAMAPでは少しズレてるし~「太平山古宮」の方が高度が高いぞいいんだ 自己満足だから他に何かないかな~、、、この美味しそうなキノコ🍄🟫(キノコ採りの人もここまでは来ないのでしょう)帰り道を忘れないうちに帰ろ~「長野神社本殿跡 」の石碑の裏にでましたこちらは「昭和49年(1974年)11月」です「極楽野 2.2km」ここまでのヤブを考えると、行かない方が無難でしょうね~実は、雲海ですあれ~ここはどっちだ~YAMAPの軌跡が役に立ちます「金毘羅神社」跡からの眺めです手前に玉川が流れており、長野集落が見渡せます中仙小学校↑ の右に長野神社があるはずです 終始ヤブでしたが、無事に帰ってこられました長野神社に行ってきました第一の鳥居第二の鳥居神社に参拝中を覗いてみると「天満宮」と書いていますなんで 御祭神の中に「菅原道真」はいなかったけど?お賽銭箱は、はじによけられてますね、お掃除中かな?境内に看板がありました(冒頭の歴史が書かれていました)秋田県唯一の国宝「線刻千手観音等鏡像(レプリカ)」が中仙市民会館ドンパル(0187-56-7200)に展示されているのをご存知でしょうか (本体は、東京国立博物館が貯蔵しているらしい)ドンパルは、道の駅 なかせんより、少し北イオン中仙店のお隣りですその2階のガラスケースに、国宝がありました (拝観無料‼️)実際に見ると、直径14cmなので、少し小さく感じました平安時代 前期の仏教美術品なんですね1677年(延宝5年)、堰を掘っている際に発掘されたそうです米沢山晋門寺宝生院の御本尊(?)として祀られていたそうですが、神仏分離令の時、米沢山晋門寺は取り壊される事になり、明治9年、水神社のご神体として、現在もお祭りされている昭和28年、国宝に指定されました晋門寺に奉納された、ご神鏡の由緒によると、この鏡は、796年(延暦15年)、藤原の伊勢人の女が持っていた物で、鏡は2枚あり、一つは長女、もう一つは次女が所持していた。その一つを坂上田村麻呂が蝦夷征伐に出陣する際、守り神として持参したものと伝えられているそうですつまり、田村麻呂がここを通過した時に、落っことしちゃった宝物と言う事ですねしかし、「田村麻呂は秋田には来ていない」という歴史的事実もありますので、謎は深まるばかりですね