自分の目に刻みつけたい、とゆうおもい。

被災地の映像を少し撮ってみた。

私の中には、消えることのない、傷み、恐怖、辛さ、悲しみがとどまっている。

命をうしなった人々、
生きながらえても、未だ命を失おうとしている人々。
家族も家も仕事も失った人々。

風評被害で差別を受ける人々。

そこに生きていたであろう人々、そこで命を失った人々がいたであろう風景。

他人事と言う人々にすこしでも、心で見て欲しかった。

然し、難しい。

他人事としか受け取れない人々もいること、受け入れること、難しい。

妹に私が実際に見た被災地の映像送ってみた。

『新聞と同じじゃん。』
妹の回りの人々の反応。

『震災震災って、もううんざり』

職場では、もう話が出来なくなったと言う。

風評による差別は実際に目にしたそうだ。

然し、筑波市の対応は当然だと言っていた。

人の傷みは、いつも誰にもおこりうること。
自分には関係ない。
今、悲惨な境遇にある人々は同じ日本に住む人々なのだ。
それでも『うんざり』するのだろうか。
『自分さえ良ければいい』が、国民性と思いたくない。
被災と関係なくても、この傾向は日常にある。

そうではないひとも、沢山知っているが、どちらかと言うと『くさい』と言われてる。
このあべこべが、日本人の一般的。

『かわってる』と言われて続けてきた私で良かった。

妹の話しの救い。
同僚の妹の病院の医師と看護師が岩手県に派遣されて、医療活動をしてきた。
一週間の活動だったけれど『3日が限界だ』と言い、帰ってから人が変わる程、ショックを受け日常に復帰できないでいるんだってよ~。

実際に見ると見ないとでは、温度差があるのはあたりまえなのだ。

メディアの情報でも、十分伝わると思ったのは私だけではないと思いたい。

伝えると伝わりは難しい。
見ても受け取れない人もいるし。

難しいな。

これからも、こんな葛藤は続くのだろうな。