地下鉄という、生活に欠かせない交通手段を失い、歩いたり、バス路線を探したり。
市役所や郵便局にいくにも、半日がかり。

初めて通る道を歩くと、倒壊した家がたくさんある。
道路には地割れがたくさん走っている。

食料品や日用品が手に入らない。
バスは買い出しの人達でいっぱいだ。

私の家の近くは生協もコンビニも閉鎖している。
スーパーも空いてるらしいが、すぐ閉まる。

市の中心街も同じ、かろうじて、大手スーパーやデパートが数時間だけ、営業するようになったが、長い行列、すぐ閉店。
巨大なシャッター商店街と化している。

運よく買えても、購入制限があり、買いだめなど出来ないし、する人もいない。
バスに乗っても、ならんでも、『ありがとう』『お互いに大変ね』『タクシー割り勘で一緒にのりませんか』『助かったわ』
席の譲り合い、等。

人の関わりの冷たい街とよく言われるが、違う。

被災地で支えあいや、労いなどに、触れること出来ず、壊れてしまった私。
毎日、見知らぬ人達と支えあい、労いあい、食べる物もない現実をわけあっている。

深く知り合う訳ではないけれど、見える思いやりを躊躇わずに使っている。
『ありがとう』があり、見ていて安らぐ。

私は、こんな風景に、救われる。

こんな時だからかもしれないが、身内だけに優しくではなく、見知らぬ人達にも笑顔や思いやりを使える人がたくさんいる街だ。