昨夜から今朝にかけてブログみたら、
あ~!ひめのが無い!

きっとママが、ねぼけて消したのだわ(--;)
ん~思い出せるかな…。

そうそう☆~
ひめとママの音との関わり方の違い!だ。

依存症は同じ。
ひめは触れる機会から、洋楽やジャズ、ポピュラーなクラシック。

言葉わからなくても、コントロールに使えて耳触り良ければなーんでも(^ー^)
ジャズなんか、家事向き!はかどるはかどる。
音楽の教科書に出てくるみたいな、クラシック音楽好きです。
チャイコフスキー、パブロカザルスのブランデンブルグとか痺れるミーハー♪
ビバルディの四季は原田康子の小説と繋がってたり。動物の謝肉祭は白鳥さん♪これはママも好きなの一緒♪

ママの好きな音楽。
これひめと違う。好きになり方が違う。

メジャーな曲聴かない。聴く余裕がないが正しいかな。

曲好きになる時、唄う人、奏でる人、つくる人、伝わる直接の空気。

ママの好きはこれ全部で一つの曲。
欲張りとゆうか、盛りだくさんとゆうか。

アーティストさんのライブ会場での姿勢も反映する。だから、ママの好きな曲は選りすぐりと思う。のめり込みも凄いから、聴けない時もある極端さん。前にライブでのアーティストさんの求めるものについて、ママはちかずかないと言ったけど、曲を好きは変わらないのね。ただ空間に行く行かないはあるけど、素晴らしいと感じる音楽つくり伝える人の観念は同じ、思う通りに歩いて行くこと願う気持ちは変わらないわ。
ママは、『好き』を隠さない、でもママの『好き』は例外なく受取り手で意味が違うことはあるわけで、この辺がママのズレてるところであり、好かれる人には好かれるってことかな。(退かれる方が多いのも事実)

昨日『ゆう』さんの唄う姿を見て、満足な時間を過したママのだけど。
自信と安定感、『ゆう』さんが充実した歩みを踏み出したとママは思ったみたい。多分ママはそうやって、少しずつ後ろ歩きで消える準備をするんだろうな。

ライブ会場でするみたいに。

ママはそーっと、後ろ歩きで会場から消えるパックみたいに。