タイトルにおぞましい言葉ごめんなさい。

ジャズフェス一日目。
聴けなかった歌うたいさん、沢山。大好きなのにカラダはひとつ。

遮断を解くため。
これしか思いつかないから。

時々、いや頻繁に言われる。『生活に困ってるのにライヴは行くんだ。』とね。会社には行けないのにライヴは行けるんだ?

答える言葉失う。

『楓』さん(ブログにそうさんが17時20分ニワトリ!
私、30分前に広瀬通り駅着。余裕!しかーし!ホテルユニバースがわからなかった(--;)ディズニーストアはわかる。意外とね、よく歩く割に店やライヴハウス知っててもホテルって知らないですねー。ナビ使い17時10分到着)
『こんにちわぁ♪楓と言いまーす♪』たっちゃんの元気な声!セーフ!何でこの二人はこーなの。スタジオ練習だの、森林だのはきっちりなのに、当日情報は聴き手に死にもの狂いの喰らい付きをプレゼントしてくれる。
大声で独り言『なーんで当日のブログにスケジュールUPしないかなぁ!tatsuさんはぁ』←声では『たっちゃんわさぁ!』です。
はい、怒りの鉄拳は終わり。

11時のBell East聴いて出直し。どうしても楓に逢いたかった。
泣くだろうこともわかっていました。安定剤を事前に飲み、予防はしたものの、泣くだろうと。
涙が流れて私の遮断もゆっくり溶けるだろう。
音楽は私にとってそういうもの。娯楽?趣味?
違う。生きる支えです。
大袈裟じゃない。奏で手なくても、そんな人間はここにいます。
『楓』のメロディは、今の私には必要でした。仲良しで、ひたむきで、くさくて、温かくて、柔らかい。そんな『楓』に逢うことが必要でした。
ある女性の歌を聴くと、こんな風に歌われる女性はどんなにか素晴らしい方だろう、こんな風に歌う歌い手も素晴らしいとこの世の出逢いや誕生の奇跡に、素直に感謝してしまう。
『少しでも沢山の人達へ』私にとって『楓』との関わりの生まれた歌。
聴いて、唄って、伝えて、自分に聴かせて、叫びを助けてくれる。時には優しくしてくれる。私も歌ったけど、あそこにいたみんなで歌いたかった歌。私はやっぱり泣きました。涙流しました。必要だったから。『楓』の歌を聴けば涙は流せる、遮断はゆっくり溶けると思ったから。


泣き顔乾かしつつベローチェへ…。
余韻に浸りつつ一服中。
妹から電話。
店内で通話はいけないと知っていながら、泣きながら吐けなかった言葉口にした。
『酷いねぇ。あのねそんなこと言う人珍しいと思うよ。私、聞いたことないもん。そんな言葉、低俗過ぎて口に出来ないよ、一般社会人は。狭い所で生きてんじゃない?
外にいるみたいじゃない?良かったね(^ー^)出られて。』簡単だけどこれが膿。妹は身内に鬱病を見てるので、すーっと私を理解する。私が外的攻撃型ではなく自虐性であるため、時々チェック電話をくれる。Niceタイミング。敵わない。