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本日はチリ生活についてでもなく、子育てでもない、清水エスパルスに関するお話です。長いです。ご興味のない方にとっては退屈な内容かと思いますが、お付き合い頂けると幸いです。


少し前の話しですが、
ワタシの愛すべき清水エスパルスの村田和哉選手が柏レイソルへ移籍となりました。

私がエスパルスのサーポーターになったきっかけは、

夫がもともとエスパルスの熱烈なサポーターであったこと、

そしてもう一つは村田和哉選手、

です。


サッカーは日本代表戦しか見ませんでした。

そうです、にわかファンというやつです。

そして夫に連れられ初めて生でJリーグの試合を見ました。エスパルスの試合です。

ぶっちゃけ最初の試合のことはほとんど覚えていませーん!

選手の名前も1人も知りませんでした。

その後何気なく夫が買ってきたこの雑誌を読みました。

Jリーグサッカーキング
2014年10月発行


ここでエスパルスの選手の人となりを知ることになりました。

そして1番印象に残ったのがこのページでした。

そうです、村田和哉選手です。

これを読んでいかに彼がサポーターを大事にするか、エスパルスにどれだけの覚悟を持っていせきしたか、いかに絶望から這い上がってきたか、どれだけポジティブな人間なのか、を知ることとなりました。

選手の顔と名前がわかってくるとエスパルスの試合も俄然面白くなってきました。

試合を見に行くようになると、チャントを覚えたくなり、さらにゴール裏(特にアツイサポーターが応援する場所)で応援したくなり、ますますエスパルスの試合が楽しくなりました。

そして劣勢な試合でも最後の最後に逆転してしまう劇的な試合など目の前で見せられてしまうと、もう虜です。

一方、サポーターになった当時、私はプライベートでとある問題に直面し、試練の日々を過ごしていました。

めっちゃ暗ーい日々を過ごしていた

2014年11月2日。

対川崎フロンターレ戦@等々力にて。

目の前で途中交代で試合に出てきた村田選手が、終了直前に逆転となる劇的ゴールを決めました。

野球でいうなら逆転サヨナラ満塁ホームランです。

この一勝がなければ恐らくJ2に降格していました。

それくらい大事な試合でした。

その試合で私の目の前で村田選手はゴールを決めました。

言葉で表すには難しいほど興奮して感動しました。


月並みな言葉ですが、
昔だったら恥ずかしくて口にできなかった言葉ですが、


「あぁ、何事も最後まであきらめちゃいけないんだな」


と心から思いました。



それを教えてくれたのが村田選手です。

その後私の試練は続きましたが
事あるごとにこの試合の録画を何度も見て自分を奮い立たせました。録画を見過ぎて当時の実況アナウンサー八塚さんと解説者の福田さんの会話のやり取りを覚えてしまったほどです。

そして私を苦しめていた試練はようやく終わりました。

夫とエスパルスで乗り越えたと言っても過言ではありません。ホントに。


そして試練が終わって待っていたのはエスパルス漬けの毎日です。
さてここからが本題です。
(なんとここまでは前置きだったか!)

そんな私の人生に多大なる影響を与えた村田選手がエスパルスを去ることになりました。


選手が毎年入れ替わるのはしょうがないことです。プロですから必要とされるチームに移籍したり、新たなステージで挑戦することは至極当然のことです(と夫に毎度慰められる)。
なんてことはわかってますが、やっぱり選手がエスパルスを去ってしまうのはとても寂しいのです。

ですが、村田選手の移籍に関しては寂しい気持ちは当然ありますが、それよりも

「移籍先でも絶対に頑張って活躍して欲しい」

という気持ちの方が大きかったです。

エスパルスを好きになるきっかけをくれた選手ですから。諦めない気持ちを教えてくれた選手ですから。


エスパルスがあるおかげで私の生活は刺激的で週末がとてもワクワクするものになりました。

日本では夫が行けない試合も迷いなく1人で行ってしまうくらいになりました。

言ってみれば日本代表の試合が毎週あるような感じです。

1試合1試合がマジです。

今はチリにいますが、刺激的な毎日は日本にいた時と全く変わりません。 

村田選手とエスパルスには本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

Jリーグはいよいよ23日開幕です。


もちろん村田選手も陰ながら応援します!





村田選手の移籍に伴い、いつか今日の内容をブログに書きたいと思っていました。


最後までお付き合いありがとうございました!


おしまい。