今年は最初から体の調子を崩してしまって1月2月のほぼほぼ2か月を「冬眠」することになった。

野生動物のように本当にずっと寝ているわけではないが、社会的にはただ生きていて社会保険だけは何とか納めている状態、日々の生活では意欲もわかず目標もなく、たまに調子のいい日には近場を写真撮影に出かける程度であった。

 

しかしながら仕事がない状態のままではわずかな蓄えも減っていくだけだし、いつかは自分で動き出さないといけなかった。

ただ、調子もなかなか戻らないので、焦る気持ちを抑えて2月いっぱいは仕事探しは情報取りにとどめ実際の活動は3月に入ってからと決め、体の回復を優先させることにした。

 

焦って動かなかったおかげか、3月に入り活動開始間もなく大変良い先に巡り合うことができた。

本拠は遠いが私の勤務場所は同じ市内にあり通勤の負担がほぼない。

苦手な人付き合いも、2名3名という超の付く小勢の現場であることが幸いして今のところは問題はない。

定時はあるが早く終われば早く帰ることもできて夕方からの時間の使い方に困るくらいだし、原則はカレンダー通りの勤務なのもありがたい。

恵まれた環境でできていることを心に留め、あれこれ考えすぎて職場で自分から詰んでいく過去の愚を繰り返さないよう、日々の振る舞い言動に気を付け、続けられるだけ続けていきたい。

 

もちろん、今が恵まれているから今後は安泰などとは全く思っていない。

いわゆる「ガス欠」の恐怖と闘いながらの職業生活となるのはどこにいても変わらない。

私は学校を出て最初の仕事選びを、今から思えば盛大に間違ったせいで、30歳を迎えようかどうかという段階で心を病むに至った。

いわゆる適齢期に体調を大きく崩し、またその後は職業的にも不安定となって自分のことだけで精一杯という有様、家庭を持つなどという普通の幸せを追い求めることも難しくなってしまった。

 

過ぎたことは仕方がないとはいえ、やはり一度心を壊す経験をするとなかなか完治は難しく、いわゆる寛解(火種はなくならないが通常の生活には支障のない状態)の時期には仕事や遊びができても、しかし仕事上のあれやこれやなどが重なるとまたぞろ再発して起きることもできなくなる。

そうならないように制御できるすべを完全に心得ているとは言い難いし、心得ていたとしてもそれ以上の何かが降りかかればどうなるかは分からない。

 

しかし、幾度も絶望を経験しながら今もまだ生きている以上、またその場所も与えられている以上、持てる力は大いに発揮しつつ、周囲の協力も得ながら、とにかく自分ひとりを何とか生存させていくことがこれからの目標ということになるのだろうと思う。