先日お知らせした回天記念館内壁修正(解説において第一回天隊の記載が一切割愛されていた)の件と、プロフィールのページ更新で、堀田耕之祐少尉の父上様が寄せられた追悼文を思い出しています。
残された者が抱いた感情、ということなになりますが、自分が幼少時から心の芯に持っていた、「周りを押し黙らせてしまうような重たい感覚」と、非常に似通ったものを感じます。
「特攻作戦は、すべてを美談で語れるものでは到底ないのだ」ということを、これからは出来る限り本心に近いところで語っていきたいと考えています。
前列左より赤近二飛曹、猪熊二飛曹、新野二曹、河合中尉、長井司令官、堀田少尉、田中二曹、伊東二飛曹。 後列左より是枝少佐、不明、河田機曹長、島田医少尉、吉田少尉、樽井掌整備長、有近参謀、板倉参謀。
光基地より第十八号輸送艦にて沖縄本島に向け出発。3月18日沖縄西方海面にて米潜水艦スプリンガーより撃沈され全員戦死。
戦死:搭乗員河合不死男(海兵72)、堀田耕之祐少尉(京大)、新野守夫二曹、田中金之助二曹、猪熊房蔵二飛曹、赤近忠三二飛曹、伊東裕之二飛曹。基地要員樽井辰雄兵曹長以下119名(詳細不明)、輸送艦乗組員艦長大槻勝大尉以下225名。