さて、無著菩薩の甚深微妙な大乗仏教の教理を展開する熱意溢れる説法を受け、遂に天親菩薩は大乗仏教の信奉者となり、その一生を大乗仏教宣布に奉げられました。

名声はインド中に響きわたり、多数の著書により、「千部の論主」と尊称されるようになりました。
その著書の中でも「浄土論」が後の仏教界に与えた影響は計り知れないと言われます。

その冒頭に、天親菩薩は、
「世尊我一心・帰命尽十方・無碍光如来・願生安楽国(世尊、我一心に、尽十方無碍光如来に帰命して、安楽国に生まれんと願ず)」
と書かれています。

無碍光如来とは阿弥陀仏=無量寿仏の事ですから、これは仏教の結論と言える、大無量寿経の「一向専念無量寿仏」のお言葉に天親菩薩が従われて「一向専念無量寿仏」の身になられたとの告白ですね。

「一向専念無量寿仏」とは、阿弥陀仏一仏を一心一向に念ぜよ、必ず救われるのだと教導されたお言葉でした。
これは、阿弥陀仏が本願に
「一心一向にわれをたのまん衆生をば、如何なる罪深き人なりとも救わん」
と約束されている事を釈尊が仰ったお言葉ですね。

何度も紹介したように、この弥陀の本願について親鸞聖人は、
「如来所以興出世
唯説弥陀本願海」(正信偈)
“釈迦如来が、この世に現れて仏教を
説かれた目的は、ただ弥陀の本願一つを説かれる為であった”
と断言されます。

さて、「浄土論」冒頭の「我」とは天親菩薩ご自身の事ですから、先述の天親菩薩のお言葉は
「お釈迦様、私天親は教えの通り一向専念無量寿仏の身にさせて頂きました」
との他力信心の表明という事になります。仏教の結論を天親菩薩は「浄土論」の最初で明らかにされたのですね。

阿弥陀仏への帰依を説いたこの論書は、この後の浄土教に大きな影響を与え、日本では、法然上人は「浄土論」を浄土三部経と合わせて「三経一論」と仰っています。