さて、釈尊のエピソードを新たに紹介します。

小さな湖畔の水面に目を休め、しばし佇んでいた悉達多太子(後の釈尊)は、焦りの心と対峙していました。
大覚(仏の覚り)を求め、故郷のカピラ城を捨てて数年が経ちました。

だが、峻烈を極める修行で、心身は共に疲れていました。
なかなか大果は得られない。
近頃は「修行を断念して王宮へ戻ろうか」という弱気な考えが頭をかすめるようになりました。

湖面では、小さな波紋が、一定の間合いで現れては消えます。
不審に思って近寄ると、小さなリスが、湖水に尾を漬けては出し、漬けては出していました。

「何をしているのか」
悉達多は、リスに尋ねました。

「私はこの湖の水を、汲み尽くそうと思っています」
意外なリスの答えに、太子は
「お前のような小さな尾で一滴二滴汲み出して、こんな大きな湖の水を無くする事ができると思うのか。何百年かかるか分からぬ」
と言いました。

「あなたの仰る通りです。しかし、私は五・六年してみて断念はしません。どんなに長い年月がかかろうとも、定めた思いの通るまでは止めない決心をしています」

「自分も今、このリスに勝っても劣らぬ大願を起こしているのだ」

これまでの事が、頭を駆け巡ります。
王子として生を受け、人として求むる限りのものは手にして、不自由を知らず暮らしてきました。
だが、人の羨むそんな生活も、老いや病・死を前にしては、何ら光を放たないと知らされ悩みました。
長い苦悩の時期を経て覚りを求めて歩み出した時の決意を自分は忘れていた、と知りました。

「たとえ何十年かかろうが、大目的を果たすまでは志を曲げてはならない」
と、原点を取り戻した悉達多は、修行を続行し、遂に大覚を成就し、仏陀となられたのですね。

リスは悉達多の求道心を試す帝釈天の変身でした。
彼の様子を見て、余程、固い決心がなければ成仏という大願は成就できないと、リスの姿になって励ましたのです。

目指す目的が素晴らしいものであればある程、「精神一到、何事か成らざらん」の強い決心が要請されます。
他方で、早く目的地に着きたい為に心が先走って、焦ったり無理したりすると、疲労が酷くなったり、道を間違えたりして、結果は逆になるものです。

一切の事は急いで急がず、急がずに急ぐ事が大切なのですね。
目的が大であればある程、脚下を凝視し大地を踏み締めていく心がけが要諦でしょう。

自戒したいですね。