さて、少し前に、親鸞聖人の教えを「信心正因」と言われる事に関連して、蓮如上人の有名な御文章の「聖人一流章」を紹介しましたので、この機会に説明します。

親鸞聖人が書かれた正信偈とご和讃数首を、仏の御前で拝読する勤行の習慣は、蓮如上人が吉崎に在住の頃に定められたと言われます。
 超世希有の他力の法に遇えた喜びを、朝夕二度、家族が仏前に集まって讃嘆する事は、得がたい仏縁であり、上人は強くお勧めになっています。

以来、親鸞学徒は朝な夕なこの勤行を欠かさず、朝には仏徳に触れて一日を始め、夕には仏祖への感謝と共に一日を終えました。

今日では、正信偈、ご和讃の後に、蓮如上人の御文章(門徒への手紙)を拝読させて頂きます。
その、数ある御文章の中でも、特に有名なのが「聖人一流章」です。
 古来、この手紙が親しまれてきた理由は、単に短いだけでなく、聖人の教えが、余すところなく完璧に凝縮されている事にあるとされます。そのようなお手紙は、他の御文章の中にもありません。
ですから勤行では、「聖人一流章」を拝読するのが望ましいのですね。
 
さて、「聖人一流章」は以下のものです。

「聖人一流の御勧化の趣は、信心をもって本とせられ候。
その故はもろもろの雑行をなげすてて、一心に弥陀に帰命すれば、不可思議の願力として、仏の方より往生は治定せしめたまう。
その位を『一念発起・入正定之聚』とも釈し、その上の称名念仏は、如来わが往生を定めたまいし御恩報尽の念仏と、心得べきなり。」(御文章五帖目第十通)

「聖人一流の御勧化の趣は」の冒頭は、 親鸞聖人が生涯教えていかれた事は、と仰っています。

蓮如上人はこのように、常に親鸞聖人の教えばかりを明らかにされた方でした。
数十通の御文章は、聖人の教えの外は説かれていないと言われます。
「抑、親鸞聖人の一流に於ては…」(一帖目四通)
等のように、蓮如上人の姿勢は一貫して変わらなかったのですね。
「蓮如はこうだった」「私はこう思う」等の言葉はありません。当に親鸞学徒の鑑と言えるでしょう。

蓮如上人は、親鸞聖人の教えを、自分の考えを一切入れず、 一器の水を一器に移すかの如く、正確に全国に広められた方と言われますが、聖人一流章の冒頭からもそれが窺えますね。

次回に続く。