これは私の心につかえていることを吐き出すことで、自分を癒すブログです。


結婚式はやりました。

今の自分だったら絶対やらないけど、まだ母親からの洗脳が解けていなかった自分。


結婚式をすることは、父と母への親孝行だと思っていました。


結構お金もかかったな。

両親の実家から親戚呼んだりして。

飛行機代を負担したりもした。


お料理も料亭のいいものを頼んで。


母親の着物レンタル代、ヘアメイク代まで出して。


みたいな。


結婚式が終わると、そのまま新婚旅行に一週間。

帰って来たら、お祝い金をまとめて渡してくれると思っていた自分。


でも、何も無かった。


そのことを言えなかった私。


なぜ?


今の私なら思う。


でも、当時の私は、あーお母さんにあげたことになったんやな。

何の疑問も持たず、そのことについて何か言うこともなかった。

本当にどうかしてる。

今更言ったところでしらを切られるに決まっている。

バカバカしい。

本当にバカだった自分。

でも気がつけて良かった。

前向きに捉えよう。


結婚した翌年、父が死んだ。

自損事故だった。

保険は出なかった。

だって、母が解約していたから。

何度も何度も保険を担保に借金したりしていたことは知っていた。

結局、維持できなかったのだろう。

だけど、保険の外交員は挨拶に自宅に来た。

そう言うものなのかな?

知らんけど。


事故から亡くなるまでは時間があった。

意識がないまま、何ヶ月が経った。


こんなことを落ち着いて文章にできている自分に驚いている。

当時は本当に辛かった。

食事も喉を通らず、実家でひたすら病院の見舞い時間が来るのを待っていた。

実家から離れることが心細くて出来ず、結婚生活とは言えない日々を過ごしていた。

のちに聞くと、旦那は離婚してあげた方が良いのかも知れない、と旦那の母親と話していたそうだ。

それはそれでどうなんだ?とは思う。


その間も母親はパチンコに行き続けた。

私が怒っても逆ギレするばかりだった。


結局、治療の甲斐なく父親は亡くなり、葬式となった。


今のように家族だけで、などという空気はなく、病院から紹介された葬儀屋の言われるがまま、気がつくと、区議会だか市議会だかの議員まで来るような大掛かりな葬式になっていた。

当時300万くらいかかり、なぜか全て自分が払うことになっていた。


それまでの父親の入院代も全て自分が払っていた。

なぜ?

母親は言う、「お母さんお金ないから、貸しといてくれへん?」

今の私なら怒鳴りつけていたと思う。

もちろん返すつもりなどこれっぽっちもない。


だけど当時の私は、黙ってお金を差し出していた。

お金がないならないで、予算を葬儀屋に伝えるなり、できたのではないかとも思うし、ましてそれを自分の子どもに負担させるつもりなら、なおさらなるべくお金がかからないようにすべきだと思うが。

そう言うこともしてくれず、父方の伯父は伯父で、「こう言う時はお料理をケチったらあかん。」などと、わざわざ私を呼びつけて説教がましいことを言いつけてくるし、なんで私?

今思い出すと腹の立つことばかり。


香典返しなども私が手配し、とにかくお金に関することは何から何まで私、だったのだ。


それなのにお香典は当然のように母親の手元に収まった。

そのことについても何も言い出せなかった当時の自分に目を覚ませとビンタしたい。


泣きながら郵便局に大金を下ろしに行ったことを、窓口の人が覚えていて、何年も後に声をかけられたことがあった。

あの時は大変やったですね、と。

赤の他人がこうやって私のことを気遣ってくれるのに、当の母親は何を考えているのだろうか。