「出会いだよね~、信仰も人も」
私がやんわりとそう言うと、智恵子は
「あたしはさ、あの時にこの信仰に出会ってすごく救われたからさ。・・・だけど、自分がいいと思ったものを周りの人に勧めるのは当たり前でしょ。美味しいレストランが在ったら倫ちゃんだって、人に勧めるよね?」
「・・・うん。でも、私は美味しいと思っても味覚は人それぞれじゃない?私はピンクが好きだとしても、みんながピンクを好きなわけじゃないわよね?」
「信仰と好き嫌いは別の問題でしょ。正しいものは一つしかないのよ」
智恵子の鋭い視線に危うく負けそうになったが、
「私も信仰は持っているけれど・・・人を殺しちゃって今更救われようって言うのも図々しいでしょ。だからいいや」
「罰が当たるよ」
誘っているというより、脅かして引きずり込もうとしていると言ったほうがこの場合正しい。
全存在をかけて打ち込んでいるその姿は神がかりの状態に近かった。
人間は同じ価値観を持っている者同士のほうが上手く付き合えるのではないだろうか?
智恵子と私はある一面とてもよく似ていた。
そして、頑固というところも。
これ以上付き合うと近親憎悪に似た対立を迎える危険性がある。
お互いがそう感じ始めた頃に転房が有った。
智恵子と私は離れることは出来なかったが、私と同じ美容訓練生のみゆき、もう一人はタイ人のラッチャニー。
ラッチャニーは黒くて太い数珠を特別な許可を得て首にかけている。
少し、頭の中がポワーとしているようだ。
みゆきは祖母の台からの天理教徒だ。
一日に一度は「天理、天理、天理王のみこと」 というごく単純な歌に合わせて踊り出す。
平日、ラッチャニーとみゆき、そして智恵子は夕点検が終ると、それぞれが踊ったり、拝んだり、題目を唱えたえりと大変な大騒ぎとなる。
官も洒落たことをやるものだと、私は思った。
縄張りを侵略されて、より大きな声で勤行を唱える智恵子の生真面目で狭い心が私は好きだった。
栃木刑務所での美容訓練時代のことを続けて書きたいと思っていたが、最近起こった出来事(新宿界隈でささやかれていること)を、次回はご紹介するつもりでいる。