女子刑務所服役21年復活の日々&裏事情 -2ページ目

女子刑務所服役21年復活の日々&裏事情

恵まれた家庭に生まれ育った私が、なぜ転落の人生を----。

最底辺からの這い上がり。孤軍奮闘の日々。

 運動の時間は、各工場でローテーションを組んでやっていた。


 私たち美容訓練生は、昼食後に運動をする。


 その日は智恵子の所属する工場が美容訓練生と一緒にグラウンドに出ていた。


 遠くから見ていると、智恵子は一人で歩いている人を見つけてはさりげなく近づいて行き、


 「ねえ、あたしと一緒に信心しない?」


 と、折伏する。


 舎房では、生活にどうしても必要な行為以外の時間をすべて、勤行とお題目に充てている。


 最初の頃は机に向かったまま、そのままの向きで目を瞑り、数珠を手にして摺合せて拝んでいたのだが、それでは前に座っている人を拝んでいるようで、拝んでいる人も拝まれている人も何となく落ち着かない。


 その拝まれている人が私だった。


 ある免業日のことだった。


 3工場の担当 『ギャン』 が当直で舎房を巡回していた。


 ギャンギャンうるさいから受刑者は陰で彼女を 『ギャン』 と呼んでいた。


 人の気配を感じて私が房の扉を見ると、ギャンが首を斜め30度に傾けて眺めていた。


 それがギャンの癖なのだ。


 いつも左右どちらかに首を傾けている。


 そして腰に手をやり、あそこをを突き出すように両足を少し広げて立っている。


 ギャンが立ち去った。


 しばらくしてまた人の気配を感じて扉を見ると、ギャンがガラスの向こうで斜め30度に首をかしげている。


 「ねえ、ねえ。さっきからギャンがずっと見てるよ」


 私の言葉に智恵子以外の全員が顔を上げて扉を見た。


 すると、ギャンは扉を開いて行った。


 「畑中」


 智恵子は両手で数珠をすり合わせたまま、首だけをギャンのほうへと向けた。


 「なんですか、先生」


 「あんた、いつもそうやって拝んでいるの?」


 「ええ。いけないんですか?」


 「いけなかないけど、それじゃあ前にいる人間を拝んでいるみたいじゃない」


 「じゃあ、どうしたらいいんですか?」


 「明日、工場に行ったら願箋を貰いなさい。そして、拝むときは後ろの壁を向きますっていう許可を取りなさい。今日は仕方がないから私が許可するから・・・」


 これで私はご本尊様のお役御免となったのだ。


 免業日に智恵子は午前午後、夜間、合わせて7時間は唱題する。


 その姿には鬼気迫るものが有った。


 いつものように壁に向かってお題目を唱えていた智恵子が、数珠の音を高らかにいったん中止する時にするように2・3分間、口の中で何かを呟きながら頭を下げて、やがて机に向き直った。


 「倫ちゃん、人を殺すとさ~3年は使い物にならないって言うけど…倫ちゃんの場合はどうだったの?」


 「私は1年ちょっとの間、全然痛みを感じなくなっちゃって、食べ物の味も分からなかったわよ。その後は、自分ではすっかり元に戻ったような気がしてるけど…もともとそんなこと意識して生活していたわけじゃないから何がどう変わったのか分からないけれど、ヴァージンを失った後と前みたいなものなのかしら?」


 「やっぱりね~」


 手の中でお数珠を鳴らして智恵子は痛みに耐えるように瞼を閉じた。


 全身全霊で苦しんで闘っている智恵子が私は好きだった。


 だからこそ、智恵子とは"その話題"について触れないように心掛けていた。


 ところがある日、梅雨の鬱陶しさに気が緩んでしまい、油断してしまった。


 「倫ちゃん、一緒に信心しようよ」


 暇そうにしている私に、智恵子は突然切り込んできた。


 「私も信仰は持っているんだ~。だけど何しろ団体行動が嫌いなのよ」 と私。


 「倫ちゃんね、何でもそうだけど正しい指導者について正しい方向に導いてもらわなきゃダメなのよ。『師は針のごとし、弟子は糸のごとし』 って言うのよ」


 「その指導者が正しいってどうしてわかるの?」


 「あたしね、拘置所で友達に勧められてこの信心を始めたの。その時に求刑から5年まかったらこの新人を一生信じるって決めたんだよね。・・・そうしたら15年の求刑が5年まかって、10年になったんだ。それと、息子の留学のことも上手く行きますようにってお願いしたらうまく行ったし・・・」


                   (つづく)