第五回。
五回目ともなるとあらぬ誤解を受けることもある。この時代小説の作者は変態ではないのか。はたまた出来事の記述者が変態なのか。第三回における、平泉金鉱の女子の排泄話をピークに、いよいよ尻すぼみまたは空っケツになってきたのではないか等々。
いずれもわたくしにとっては心外この上なき感想である。ぜひとも、そうした悪しき誤印象を払拭したいものだ。さもないとわたくしの…いや、よしつねの名誉にかかわる。この日の本には、よしつねがジンギスカンになったとか、ジンギスカンがよしつねになったとか、よしつねがジンギスカン鍋になったとか信じる無辜の衆生が住んでいるからである。
よろしい。まずはあの話から始めよう。事は平泉と前後する。よしつねと周辺関係者の分派活動ともいうべき事柄である。キリストの使徒の働きを述べた一連の章にこれらは該当するであろう。


  【光る瞳】

その少年たちはみな身体にぴったりした襦袢を着ていた。市松模様やだんだら染め、また肉色をした下着のこと。
小粋な少年は襦袢を着ているものなのだった。ふんどしはだれでも着るが、おしゃれで都会的な少年たちはふんどしをゲスなものだと評判していた。ふんどしを締めると言葉づかいまでしぜんにゲスになってしまう。

「わての下着は、ふんどしでゲス」

「越中かね?」

「そうでゲス」

長々しく垂れたふんどしの布をズルズル引きずって行くその姿に優美さはかけらも宿らない。
ふんどしをはくと臀部が左右に割れてむき出しになる。ふんどし系が好きなのはおっさんと相場が決まっている。中年男はどういうわけかふんどしとマッチョに偏愛を示す。ムキムキした筋肉が盛り上がるのを見て、おっさんの股間も盛り上がるらしい。
そんなのイキじゃないと品の良い少年たちは考えていた。平泉の少年たちもそう思った。

「ぼくたちには汲みたての井戸水の匂いがよく似合う」

平泉の十二、三の少年たちはそう話した。
彼らは川べりで自分たちの肢体を見せ合って品評会を催していた。めいめい自慢の襦袢に下半身を包み込み、アルルカンのような、マタドールのような姿で尖った岩の上に立つ。みな華奢でほっそりした身体つきだ。一輪ざしのバラを口にくわえてクネクネ踊るやつがいる。なかには顔におしろいを塗ったやつもいる。まるで女の子みたいな顔つきをして、しなを作っている。
眺める少年たちは口々に「なかなか良いな」とか「悪かないけど、市松の襦袢は不似合いだよ」などと評した。
彼らはふざけっこを始めた。おしろいを塗った少女みたいなやつを後ろから抱きしめるフリをする。みんなキャアキャア言っている。その光景を背後からこっそり眺めている人物がいた。
木立のなかに潜んで目だけがギラリと光る。そいつはしばらく眺めていたが、

「グフグフグフ…」

と不気味な笑い声を立てた。


  【卑猥なるじゃんけん】

その頃、京の都では奇妙なじゃんけんが流行っていた。じゃんけんそのものはごくふつうに同じタイミングで石・ハサミ・紙を出し合うのだが、勝負がつくと奇妙な行動をとるのだ。
このじゃんけんが男女二人で行われるのも特徴的だった。しかも、妙齢の女子といい歳した男の組み合わせが多い。男のほうはお大尽だったり、侍だったり、時には大官貴顕だったりすることもある。

「じゃんけん、ぽん」

男が紙を出し、女が石を出す。男の勝ちである。女は「アレェーッ」という調子の声を上げるが、わりに愉しそうだ。男は「グフグフ」と怪しい笑い声を立てて、目の前の女子の胸を手のひらでむずと掴む。もちろん揉むのである。衣服のなかに両手を突っ込んで生の乳房をじかに揉むこともある。乳首を指でグリグリといじることもある。
やがて、またじゃんけん。

「じゃんけん、ぽん」

今度は女がハサミ、男が石。女の勝ちである。女は「グフグフ」と笑い声を出し、相手の男の股間に手を伸ばす。するといくらか勃ち気味の逸物があり、彼女の手は巧みな指づかいでそれをしごき……
すなわちこのじゃんけんのルールは、紙で勝つと胸を、ハサミで勝つと性器を、石で勝つと尻を触るというものなのであった。ルールの単純さと結果の卑猥さがウケて、都じゅうの男女に広まった。夜になると人けのない暗がりという暗がりで、じゃんけんをする嬌声媚声が聞こえた。
五条大橋の近くでは、じゃんけんの声は絶えてなかった。しばらく前に橋の上でじゃんけんに及んだ男女がいたが、ジャラジャラいう奇態な物音とゆっくりやってくる不気味な人影に気づき、ビクッとして振り返った。熊みたいな大男が橋の上に立ちはだかっていた。

「キャーッ」

女の胸を掴む男も、胸を掴まれた女も、異口同音に悲鳴を上げた。大男はハンマーよりも巨大な拳を二人にヌッと差し出したので、二人の男女は転げつまろびつ、命からがら逃げて行った。
そんなことがあってから五条大橋で卑猥なるじゃんけんを楽しむ男女はいなくなった。それというのも、くだんの男女を脅かした輩は五条周辺で有名な無頼漢だったのである。なんでも、千本の刀を集めている鬼という噂であった。
しかし月がのぼる前の薄暮れ時には、まだ声変わりもしない少年と少女が橋にやってきて、「じゃんけん、ぽん」をすることがあった。大人の真似をしているのだ。日頃、大人たちの前でやるとこっぴどく叱られることだが、夕方すぎの五条大橋には怖がって大人も近づかない。

「大人って最低だよ」

少年は口を鸚鵡のように尖らせて言った。

「そうよ。大人って最低よ」

少女も同意した。

「ぼくたち、ここでこっそり、じゃんけんしちゃおうよ」

「いいわ」

少女はうなずく。だが、少しばかり懸念材料がある様子で、

「でも、この橋には夜になると鬼が出るっていうわ。千本の刀を盗るまでやめないんだって聞いたわ」

「かまやしないよ。鬼なんて、ぼくがやっつけてやるよ」

少年は勇ましく言い、胸をドンと叩いた。それから二人はちっとも勇ましくない遊びに熱中するのだった。


  【待ちぼうけ】

ベン。ベベン。
五条大橋に琵琶の音色だけが響いていた。ついさっきまで、ここには少年と少女がいた。じゃんけんをし、お互いの胸やら股間やらを撫で合って頬を赤くしていた。こんなに恥ずかしいのは初めてだが、またこんなにうれしかったのも初めてだった。
琵琶を弾くのは流れ流れて五条へついた琵琶法師で、琵琶を弾きながら歌を歌う。弾き語りのシンガー・ソングライターだ。琵琶法師は黒子のごとき存在だから、いてもいなくても人はさして気にとめない。
じゃんけんをする少年少女が立ち去るのを待って、一人の男がやおら姿を現した。ジャラジャラと金属や金具のぶつかり合う音。背中にたくさんの刀を背負っている。刀ばかりでなく槍やナギナタもある。一見すると武器運搬役か武器商人だが、実態はいずれでもない。
見るからに屈強そうな大男だが、大量の武器を背負って歩くのはさすがに楽ではないと見えて、橋のなかほどにさしかかると欄干に腰をもたれて武器を下ろした。息をつく。琵琶法師の音楽だけが無関心に進行する。

「祇園精舎の鐘の声……」

大男はしばらく琵琶法師の歌を聞いていたが、業を煮やしたように言った。

「なあ、牛若丸はいつ頃やってくるでごわすか」

琵琶法師は答えない。
大男は橋の上にのぼった満月と、橋の下を流れる川をかわるがわる眺め、ため息をついた。月がとっても青いから。五条大橋の下を川が流れ、われらの恋が流れる。大男は頭を抱え込んだ。

「もう百日じゃ。百日目でごわすよ。盗った刀は九百九十九本。あと残り一本」大男は琵琶法師を振り返って、「千本目の刀を提げた牛若丸が笛吹きながら現れて、わっしと運命の出会いを果たすのがこの五条大橋でごわせんか」

なのに、牛若丸は待てど暮らせど現れなかった。
ベンベン。

「おごれる者は久しからず……」

「そんなミュージックはやめてくれっ」

大男は苛立って叫んだ。
琵琶法師は歌うのを止めた。それからまた琵琶を弾き出した。始めはゆっくりと、だんだん早く。情感を込めて。ウン・ポーコ・ロコ。

ベン

ベベン

ベベンベン

ベンベンベンベン

ベベンベンベンベンベベン

「わっしの名は……」

ベンケー。


  【グフグフ】

グフグフグフ。やあやあ、みなの衆。楽しそうにやってごわすな。いやなに、くつろいで、くつろいで。ギブミーアブレイク。ははは、なんつって。
みんな若いのう。こんなピチピチの襦袢なんかはいて、おしゃれじゃのう。わっしはおしゃれな坊やが好きでなあ。男は身だしなみが大切でごわすよ。ん? そっちの坊はおしろいなんか塗って、どないひた。娘のフリでごわすかな。なかなかきれいじゃ。悪い男にかどわかされんよう、気をつけたほうが良いでごわす。じゃんけんさせられる。え? じゃんけん……いや、そりゃこっちのことでな。
化粧なんぞして、めかしてごわすのう。顎をコチョコチョしたくなる。おや、肌がスベスベしてる。若いって良いな。わっしは、わわわわっしは、若い子が好きなんだな。二番目に好きなのは、お、おにぎりなんだな。こここ、股間がビンビンなので、やらしてください。

 クモの子を 散らして独り せんずりをこく  ベンケー

   ×  ×  ×

「グフグフ」

よしつねはしずかを背後から抱きしめながら笑いを洩らした。

「愚夫がグフグフ言ってるわ」

しずかが言った。



 6へ続く。