私の所属するNGO・SOLS24/7では、生徒も先生も同じ敷地内でみんなで共同生活をしている。
特に、先生の寮で約30人(カンボジア人、マレーシア人、シンガポール人、イギリス人、日本人、東ティモール人など)との共同生活を通して気づいたことがある。
ある日、他の団体の友人に私たちがパーティーに招待された。
パーティーに招待されてまず思うことは、「何着て行こう?!」
そして、ありったけの洋服を見て思う。「来て行く服ないよーー!!泣」
すると何が起こるか?!
同僚がやってくる。
「ミカ、これ着たら??」
他の子も。
「ミカ、これはどう??」
みんなの服が次々とやってくる。
「履く靴ないよーー!」
「ミカ、これは?!」
靴がやってくる。
「髪の毛どうしたらいいかなーー?!」
「ミカ、こっちに来て!髪の毛セットしてあげるから!」
ヘアカットの勉強をしたカンボジア人の子が髪の毛をセットしてくれる。他の子も脇でサポート。
「誰か、この服に合うアクセサリー持ってない?」って聞くと、
「これならあるけど!」
「これはどう?」
アクセサリーがやってくる。
「誰か、マスカラ貸して!!」
「メイクの仕方教えて!」
こんなこと、日常茶飯事。笑
これが、シェアの素晴らしさだろう。
もし、自分ひとりだったら。
私が20着の服を持っていたとしたら、20着しか着れない。
でも、もし私に15人の仲間がいたら。
1人20着持っていたとしても、20×15=300着をシェアすることができる。
もちろん、一人一人がお互いの物を大切にするという責任感は必要だけどね。
でも、これは「物」の例だけど、もしこれがお互いの持つ「力」だとしたら。
困ったときに手を貸してくれる人がいる。
行き詰ったときにアイデアをくれる人がいる。
間違ったことをしたときに教えてくれる人がいる。
失敗したときにフォローしてくれる人がいる。
病気になったときに世話をしてくれる人がいる。
チャレンジしてるときに、その成功を祈ってくれる人がいる。
苦しいときに共に頑張れる人がいる。
嬉しいときに共に喜べる人がいる。
こういうものを一緒にシェアできる喜び。
ずっと日本で、「自分のもの」を持ってきた私にとって、人と何かをシェアするということに始めは戸惑いもあった。
でも、シェアリングの素晴らしさやパワーに気づいてからは、本当に楽しいと思えるようになった。
こんなシェアリングの空間を、日本でも築いていきたいなと思う。
写真は、共同生活をしていた同僚たちと。日本人スタッフ二人の結婚式を東ティモールでやったときの集合写真☆カンボジア人、マレーシア人、イギリス人、日本人などなど。