韓国 Starcastさま
ピニに続いてBTSの記事がUPに
「BTSの2014年を振り返って」ですが
この年末 マジに読むのに取り組んでしまった(笑
大掃除どころか 普通掃除レベルも置き去り~(汗
明日こそは!!!!?
常日頃メンバーが言ってる もしくはにじみ出てる(笑)
ハナシだけどUP!! マイスクラップです♪
無口だからかな ジョングギのトークが少ないのが残念
このヤフーブログの文字制限は何文字までだったっけ?
長文につき 全文一度のUPはエラーになるみたいなので半分こ
「防弾少年団」。2014年、これまで以上に忙しい一年を送った。去る2月に「さんなむじゃ」でカムバックして活動した。8月には初の正規アルバムを発売して「デンジャー」(Danger)を披露した。11月は「ホルモン戦争」の舞台に強い印象を残した。休む暇なく動いた。 成果も収めた。「さんなむじゃ」で初の1位候補に上がった。10月には国内初の単独コンサートを開いた、日本でもコンサートを経た。「ヒップホップ大物」クリオなどと、米国でリアリティープログラムも撮影した。歌手たちに夢の舞台という「MAMA」での公演も披露した。 それでも防弾少年団は、まだ空腹である。2015年にも叶えたい夢が多い。一つは、音楽的に、より成長したいということ。賞的には、歌謡プログラム1位が目標だ。認められるミュージシャンになりたいとのこと。もう一つ、来年もずっと~ファンと共にしたいと願う。 "物足りなさも残ります。告知がまだまだだという感じも受けるでしょう。それでも一生懸命に走ってきたので、満足している"(防弾一同) 防弾少年団にネイバーグリーンファクトリーであった。そして2014年を振り返った。
①2014年の最も記憶に残 る歌は?=合計3曲で活動した。「sさんなむじゃ」は、初の1位候補に上がげてくれた曲。良い記憶を残してくれた歌だ。一方、「デンジャー」は大変な記憶として残 っている。リアリティ撮影と重なって準備が大変したから。「ホルモン戦争」は、楽しく舞台を飾った記憶がある曲。
「さんなむじゃ」がとても記憶に残 る。アルバムのジャケット撮影時にとても寒かった。カイロを入れて、体がずんぐりしたイメージがとても思い出されます。私には思い出が多くい曲。個人的にこの曲がとても好きです」(ジン)
「さんなむじゃ」がとても記憶に残 る。アルバムのジャケット撮影時にとても寒かった。カイロを入れて、体がずんぐりしたイメージがとても思い出されます。私には思い出が多くい曲。個人的にこの曲がとても好きです」(ジン)
現実的に「さんなむじゃ」は、防弾に与えたものが多かった曲です。振り返ってみると、この歌を覚えてくださってる方々が多かったんです。私達の代表曲となったということで記憶により残っています」(ラップモンスター)
"私は「デンジャー」です。アメリカで「アメリカンハッスルライフ」を撮りながら準備をしました。リアリティが終わった後に振り付け、録音に進みましたし。並行するのは容易でないんですよ。それでも正規アルバムの最初のタイトル曲であり、結果を見ると、達成感がありました。「本当にやり遂げた」そんな感じ?」(ジェイホップ)
「ホルモン戦争」が最も記憶に残 っています。一番楽しかった舞台でした。他の曲で活動する時は、緊張した感じもあったんだけど。この曲はみんなで「いえ~〜舞台上がろうぜ~」と楽しくやったんです。遊ぼうぜという感じで。メンバーを蹴るような振り付け動作があったけど、それも面白かった」(V)
![]()
②2014年最も嬉しかったことは?=多くのことを成し遂げたし年だ。これまで以上に嬉しいことが多かった。初のコンサートを施行したのも、「MAMA」の舞台に上がったのも、1位候補に上がったのも良かった。特に単独コンサートは、最も嬉しかったこと。本物の歌手になったということを考えさせてくれた意味のある動きであった。
初の単独コンサートの時、最もうれしかった。歌手として成し遂げなければなら舞台がコンサートと考えますね。だから、泣かなかった。私は最終的やり遂げたというのがとても良かった。本当に楽しかったし嬉しかった" (シュガ)
初の単独コンサートの時、最もうれしかった。歌手として成し遂げなければなら舞台がコンサートと考えますね。だから、泣かなかった。私は最終的やり遂げたというのがとても良かった。本当に楽しかったし嬉しかった" (シュガ)
ファンと継続疎通して舞台を飾ることができてとてもよかった。韓国でもして、日本でもじゃないですか。実はコンサートツアーを回るというのが負担なこともしました。海外公演は、言語の壁があるでしょう。でも、ファンが歌に応じて呼んでくれるのを見て幸せだという感じをたくさん受けました」(ジミン)
私はママの舞台が嬉しい記憶のようです。「ママ」でパフォーマンスを広げたとき、さらに成長したという感じを受けましたよ。ついに私たちは授賞式の舞台に立つんだ」という考えがしました。楽しかった。うれしかった」(ジェイホープ)
実際にはほとんどの授賞式の舞台には立って見ました。ところが「ママ」のみ参加していないんです。とても話題になる授賞式だが、一緒にすることができて良かった。ブロックB先輩たちとコラボステージも構えじゃないですか。防弾という履歴書に何かをもう一つ詰めた感じです」(ラップモンスター)
「私はさんなむじゃで1位候補に上がった時が一番うれしかった。最初の1位候補に上がったからです。メール投票が満点でした。それを見て、本当に驚いた。当時「サム」が1位を獲得しました。もちろん、惜しくないといえば嘘だけど、それでも1位候補に上がっただけでも、本当に良かった」(V)
③2014年最も悲しかったことは?=良かった記憶があれば、悲しい記憶もあるそうだ。振り返ってみると、大変な瞬間も多かった。しかし、その時間も薬になったというのがメンバーの意見。ただし、あまりにも多忙なスケジュールと、1位をしていなかったことが、まだ告知が至らなかったという事実がいくつかの悲しみ(?)として残った。
「実は別に悲しい記憶はありません。ただし、今年はアルバム活動を1年を通してず~っとしてました。それはそれは大変でした。精神的にも、肉体的にも大変だったと思います。もう一度しろと言われないだろうなという気がするほど?ハハ」(シュガ)
「実は別に悲しい記憶はありません。ただし、今年はアルバム活動を1年を通してず~っとしてました。それはそれは大変でした。精神的にも、肉体的にも大変だったと思います。もう一度しろと言われないだろうなという気がするほど?ハハ」(シュガ)
悲しい記憶を絞り見ようとする?1位候補だったのに、1位びなれなくてだろうって?嬉しい記憶でもあり、悲しい記憶でもあります。実際には期待しないといいながら、密かに期待をしてましたよ。それでも「サム」の歌があまりにも良かったから。来年に1位になればよい」(V)
ふと私たちが「まだこの程度にしかならないんだな」という気がする時があります。すごく知られて来たと思っていた。でもまだ良く知られていないという感じがするときでしょうか?誰かに会ったときや、あるいは間接的にそのようなものに感じられる時があります。そんなときは少し漠然としてました」(ラップモンスター)
④2014年の最も記憶に残 る舞台は?=本当に忙しく動いた。その分多くの舞台で公演を行った。その中防弾少年団が記憶に刻んだ舞台は、どのような舞台だったのか?多くのメンバーが初の単独コンサートの舞台を挙げた。静かにファンと自分だけの舞台を飾ったことが大きな感動を残した。
「今年最初のコンサートをしました。ときめく心で準備を熱心にしたんです。国内で1回のコンサートのステージに立った時、「本当にコンサートをすることになったんだ」と言ってびっくりしてんですよ。舞台に上がる前、防弾防弾防弾」のスローガンを叫ぶのがどんなにワクワクするか"(ジン)
「今年最初のコンサートをしました。ときめく心で準備を熱心にしたんです。国内で1回のコンサートのステージに立った時、「本当にコンサートをすることになったんだ」と言ってびっくりしてんですよ。舞台に上がる前、防弾防弾防弾」のスローガンを叫ぶのがどんなにワクワクするか"(ジン)
練習する時から舞台上がる前まであまりにも 설?어요。常に言っていたのが「歌手はコンサートだ」だったのです。それを実際に成すことになったんですから 記憶にたくさん残る舞台でしょう。本物の歌手になったようでしたよ」(シュガ)
24曲を披露した。しかし、私たちの振付があまりにも強いじゃないですか。実際開始する前はすごく怖かったんです。果たして「私にできるのだろうか」という恐怖がありました。ところが、いざ終わってみたら、バンジージャンプをしたかのようにすっきりしました」(ラップモンスター)
他の舞台よりの僕らだけで作ったステージがより良かった。楽しんで降りてきたな~」という感じがすごくしました。終わって美味しいご飯を食べに行くんですよ。本当にとてもすっきりした気分でしたよ」(ジミン)
⑤2014年防弾の最も印象的な瞬間は?=慌しく過ぎ去った年だ。瞬間瞬間の思い出はありませんでした。そんな中リアリティー番組「アメリカン·ハッスルライフ」は、防弾少年団をしばらく休んで行く、今年最も印象的な瞬間を作ってくれたプログラムになった。
「アメリカンハッスルライフ」を通じてクーリオにあっていた。本当に忘れられない印象的な瞬間でした。クーリオの前の料理も作って。歌もした。本当に印象的だったと思います」(ジェイホープ)
「アメリカンハッスルライフ」を通じてクーリオにあっていた。本当に忘れられない印象的な瞬間でした。クーリオの前の料理も作って。歌もした。本当に印象的だったと思います」(ジェイホープ)
米国で撮影しながら、花火を見に行きました。その時、その場で歌を作詞をしたんです。その瞬間を忘れられないようです」 (ジミン)
普段できないことが多いです。でも、 LA に行った時を試みることがありました。わずかなものですが。コインランドリーへ行ったこともそんな記憶のいずれかって。カラーが違って、初めて試みるもの多かったんです」(シュガ)
スキードロータウンとスラム街があります。そこでホームレスたちに会いましたが、そのうちの一人が「麻薬はいけません」と忠告しながら「あなたがたの家族もそうなりえる。困難な人を無視せず、見て回って生きろ」という言葉をくれたんです。色々なことを考えた瞬間だった」(ラップモンスター)
ここまでで半分
文字数限界?
制限文字数超えてUPするとあっさり全部消えるんだよ(笑
今は改善したのかな
怖いから この辺までにしておこう(笑