娘が予約を取ってくれた大阪万博パビリオン。
評価とてもいいみたいです。
でも、私が見た感想。
正直アンドロイド展示にしても、大昔から人形がステージやるのってやってたよね、あれが表情だのしぐさだのが人間に近いから感動?みたいな?え?お金かけた人形浄瑠璃?
それから、私には、人間とアンドロイド、人間とAIとの違いってのは明らかにあると思ってて。
いのちの未来の主人公はおばあちゃんなのかな?
孫娘から、アンドロイドと人間は、機械と人間でしょ?って言ったらおじいちゃんの足も機械だよねって言われて返答に困ってたのですよ。
私なら返答に困らない。
だってその機械の足に指令を出しているのは人間の脳でしょう?
あくまでもおじいちゃんの足単体で思考してない。
おばあちゃんは、自分の死に際にただ死ぬのか、それともアンドロイドに自分の記憶を引き継いでその後も生き続けるのかと選択を迫られた時に、アンドロイドへ自分の孫娘への愛情が引き継がれるのならばとアンドロイドとして生き続けることを選ぶのです。
なぜなら孫娘の母親が、孫娘がまだ小さいころ亡くなっていて、誕生日などの特別な日だけに映像だけで現れる存在だったから、肉体を持って孫娘への愛情を表せる存在になったのです。
でもね。
私はアンドロイドの脳がAIだったとして、今までの経験や感情を全部引き継いでも、その後少しだけ違う経験をしたときに同じ愛情を示せないと思う。
娘はそれまでの経験とその時に感じた感情をすべて引き継いだのなら、その後も同じく愛情を感じるだろうと言う。
娘はAIの安野押しだしね。
そもそもさあ、人間同士でも元々同じ遺伝子で生まれて来たはずの一卵性の双子だって同じ人を好きになったりしない訳じゃん?
巨匠漫画家萩尾望都が書いたA-A’と言う作品はアンドロイドではなくクローンなんだけど。
クローンに、クローンが作られた時点までの記憶を植え付けたら同一人物か?って話。
そういう話なら一卵性双生児なんて同一人物だよねと思っちゃう。
もちろん一卵性双生児の人たちは一緒にするなと言うんだろうけど。
で、とあるカップルの女性の方が亡くなって遺体も見つからず、クローンがやってくるんだけど、クローンに引き継いだ記憶の記録が3年前のものなので付き合っていた時の記憶が無い。
男性の方はその違いに悩むけどまた惹かれて行ったのに、元々の恋人の女性の遺体を見つけてしまって今目の前に生きている女性のクローンは別人と認識せざるを得なくなるのです。
自分が死んだあと、記憶を植え付けたクローンまたはアンドロイドがずーっと生きていたとして、それは自分が生きながらえるという話ではなく、間違いなく自分の命は自分の体で寿命を全うする訳で、自分そっくりのクローンやアンドロイドが残されていたとしてもその後に残された人の自己満足じゃない?って私は思います。
それがどんなにオリジナルを模倣した思考回路を持っていたとしても。
なのに幼い子供を残して死ぬ母親でもない限り、成人した孫娘の為にアンドロイドとしてその後も生き続ける事を選ぶメリットが分からないです。
そんな感動話を押し付けられた後は、人間がキカイのカラダを手に入れた後の話になり。
場面は移りそのずーっとあと。
へんな下半身の無い3人繋がったアンドロイドが新しい世界のいのちとして紹介されて、そのアンドロイドと視線が合うだのキレイだの・・・正直私には意味が分かりません。
娘のそのアンドロイドがきょろきょろしてると言ってたけど、彼らの目に私たちは写ってない訳でしょう?
ただプログラムされた動きをしているだけで、それは決してなめらかではなく、ただただキモチワルイ。
ディズニーランドのカリブの海賊にプラスされたジョニーデップそっくりの海賊の人形と何が違うの?って思いました。
スタッフの評判が微妙で、展示自体の評判はいいみたいなので、抽選で当たったらぜひ見に行ったら良いと思います。