先週19日の帰り道、マルサン書店仲見世本店へ直行して、
道尾秀介の最新作「球体の蛇」を買った。
さすが発売日当日でもあり、レジ前に平積みしてある新作単行本コーナーでも
一際高く本が積まれていて、最近の道尾人気を感じられた。

球体の蛇/道尾 秀介
¥1,680
Amazon.co.jp


今週25日(26日という説もある)に伊坂幸太郎の「SOSの猿」も
発売されることだし、この3連休で読んでしまおうと思って金曜の飲み会と
土曜午前の二日酔いと夜のレイトショーのスキマの時間で、今朝までに
一気に読んだ。



ということで、これにて彼の著作(単行本になっていないものは除く)を全て
読んだわけであり、そろそろいいかげん彼の小説についてレビューしてみる。
(みゅうすけさんからもリクエストあったしね)



さて、読み終わった「球体の蛇」からなのだが…。



実をいうと、5点中4点かなぁ。


なんというか、この作家は、なまじぐいぐい読ませる筆力と展開力があるだけに、
そうした力が今回も過剰なのだ。



もちろん心理面や風景の描写力は確かだし、この作家の一番の売りである
どんでん返し(伏線貼りまくって回収していく)の能力は非常に高い。
((「カラスの親指」にはやられまくりでした。))


そして、今回の「球体の蛇」もなんだが、正直どんでん返しし過ぎたね。


最後の最後、あのシーンは要らないでしょう。
彼女は死んだ。それで良かった。

そして、もっともっと、ナオの描写を大事に書いて欲しかった。
ナオは自分を主張しない(あるいは過去に背負った悲劇からそれができない)
女性だったのだろうか?
そう思えばなんとなく理解はできるが、それならあのラストでの急な展開に
説明がつかない。
というか、今回一番の失敗はペース配分なんだろうか。
ラスト12ページの年月の跳び方、あれでは人間的成長というものが読み取れない。


この辺が若いなぁと思った。



またこの作品には明確なテーマが見えてこない。

もっとも、この本に出てくる「星の王子様」のように、読んでいる立場、年齢の違いで
何度読んでもその度にさまざまなテーマを発見できる小説もあるし、この作品も
そういう類のものかもしれない。





ただ、それでも僕がこの小説家に期待しようと思う。
それは、人間の心というものには「影も日向もある」ということをしっかり書ける
作家だからだ。
「向日葵の咲かない夏」のように、胸の中がどんよりと重くいびつで苦しい気持ちを
書ける作家だからだ。
今回も複数の人の思い違いや不幸な偶然の重なり、鬱々とした青春。
共感できる人、多いんだろうな。




僕の好きな伊坂幸太郎は「重力ピエロ」で書く。

「楽しそうにしていれば、重力なんて消してしまえる。」







一方、道尾秀介は「球体の蛇」で書く。

「来る日も来る日も酒を呑んでいた男。酒を呑むのが恥ずかしいから、それを忘れようとして酒を呑んでいた男。」






好みの問題はあるだろうが、どちらがいいとかいう問題じゃない。
人生、両方とも大事なんだよね。
実際自分は、両方共感できるよ。

一応、大人だから。




それでも・・・。

今の今を言えば、伊坂幸太郎や乙一のような、グッドエンドでもバッドエンド
でも、読み終わって暖かくてほんわかできる作品を読みたいな。


たぶんきっと、心がささくれだってて、癒されたいのだろうなぁ。




というわけで。

この週末も結局紅葉を見にいけなかったし、せめて今晩はさる女性と
小田原でゆっくり飲みに行ってきます。

虚勢を張って、「楽しそう」にね。
本当にモテたいなら虚勢張らないほうがいいのも知ってるんだけどさ。

甘えることが苦手なのさ!






おまけ

ところで道尾のブログ を見てびっくり!
世を騒がせた市橋容疑者の逮捕劇とこんな意外な接点があったなんてね・・・。
(さすが人気作家は違うよ)