どうもこんにちは、へなちょこ大学生のフジパンです。
このブログを見ていただいている方は、もちろんヘビーなフジパンファンの方だとは思いますが、「え、誰このイケメン!w」というおしゃまな方のために自己紹介をしたいと思います。
本名 : 藤田 真弥
あだ名 : フジパン、まさや、ふじしん、マヤちゃん、なすび←(幼稚園の頃これで泣きました)
生年月日 : 22才
出身地 : 宮崎
学校 : 宮崎南高校→宮崎公立大学 4年(今ここ)
興味 : まちづくり、心理学、教育、メディア、ジェンダー、ゾンビ映画
所属 : 宮崎市中心市街地活性化「Doまんなかモール委員会」
実績 : 街中戦隊ドマンナカジャー結成
↑赤いのが僕です。笑
1000人規模のスタンプラリー「ドマンナカクエスト」の企画運営
【まちづくりを始めたワケ 】
もともとは地元宮崎のことは好きではなかったし、ダサいと思っていた。
ワクワクするものは無いし、遊びに行くところもイオンしかないという田舎にありがちな構図が嫌だった。
だから、大学は他県に出るつもりだったし、少なくとも成績は悪くは無かった。
ただ、僕は社会に対して少し斜めに構える癖があった。
学校から与えられた規制や社会のルールに疑問を感じていた。
だから人から与えれる「宿題」がキライで仕方なかったし、そもそも「キチンと」毎日学校にいく意味を考えてしまう癖があった。
その結果、学校に行くより自分で勉強したほうがいいという独りよがりな考えが突き進み、大事な高校3年生の時期に奇跡の年間36日欠席を果たしてしまった。
そして、センターの結果は、ヤってしまった。。
元々の志望から何ランクも下げて地元に残るしかなくなってしまった。
そして、大学に入ったワケだが、意中の所ではなかったのも手伝い、目的もなく遊んだ。
大学1、2年は何したかも覚えていない位遊んだ。
飲み代だけでひと月8万使った。
親に行き先も告げず友達の家に1ヶ月くらい居候したこともあった(僕は実家生)
そんな日々は楽しくあっと言う間だった。
しかし、得るものはほとんどなかった。
ただ過ぎていく日常。
良いとは思っていなくても、他になかった「目標」。
そんな時、転機が起きた。
たまたま、街中で大学生を対象としたスタンプラリーが行われることを知った。
お祭りごとは好きだったので友達何人かと行ってみることにした。
そこで企画運営していたのは、自分達と同じ大学生だった。
衝撃を受けた。
「誰かに楽しんでもらう為」に計画し、大学生にありがちな身内ノリだけでは無いイベント。
いや、悔しいと思った。
自分は、自分の為だけに行動し、何のフィードバックも出来ていない。
それが悔しかった。
だからその後すぐ連絡し、団体の名称を聞いた。
それが、「Doまんなかモール委員会」との出会いだった。
ドマンナカでは色んな事を学んだ。
ホウ・レン・ソウの大事さ、企画をする時にはいかに自分達でお金を出さないで相手に出してもらうか、一度ハデに失敗することの意味、など。
ほんとに、良い意味で「大学生」扱いを受けなかったと思う。
大学生は、ほんとに自由で、気ままで、一見かっこいい。
しかし、それは虚構であり、そいつがキラキラしているのではなく、「大学生」でいられるからかっこいいのだ。
社会に出たら牙を抜かれてキラキラしなくなった人を何人も知っていた。
大学生なんて、甘いんだ。
それで、「大学生」と呼ばれるのがキライだった。
そんな中で、大学生扱いしてもらえなかったことに、むしろ感謝している。
ドマンナカは宮崎市の中心市街地を活動基盤としている。
今まで僕が、キライ、と思っていた場所だ。
しかし、今は違うと思える。
自分が幼い頃は見えていなかった景色が見えはじめ、ダサいと思っていたあの場所が、愛しく思える。
まちの価値が、「発展性」だけではないと知ったから。
こう思えるようになったのも、良くも悪くも宮崎に居続けたからなのかもしれない。
だから、みんなにも宮崎の良いところに気づいてもらいたい。
宮崎のまちにしかない価値、ストーリーを知ってもらいたい。
そんな思いが今の僕を支えている。
フジパン
iPhoneからの投稿
このブログを見ていただいている方は、もちろんヘビーなフジパンファンの方だとは思いますが、「え、誰このイケメン!w」というおしゃまな方のために自己紹介をしたいと思います。
本名 : 藤田 真弥
あだ名 : フジパン、まさや、ふじしん、マヤちゃん、なすび←(幼稚園の頃これで泣きました)
生年月日 : 22才
出身地 : 宮崎
学校 : 宮崎南高校→宮崎公立大学 4年(今ここ)
興味 : まちづくり、心理学、教育、メディア、ジェンダー、ゾンビ映画
所属 : 宮崎市中心市街地活性化「Doまんなかモール委員会」
実績 : 街中戦隊ドマンナカジャー結成
↑赤いのが僕です。笑
1000人規模のスタンプラリー「ドマンナカクエスト」の企画運営
【まちづくりを始めたワケ 】
もともとは地元宮崎のことは好きではなかったし、ダサいと思っていた。
ワクワクするものは無いし、遊びに行くところもイオンしかないという田舎にありがちな構図が嫌だった。
だから、大学は他県に出るつもりだったし、少なくとも成績は悪くは無かった。
ただ、僕は社会に対して少し斜めに構える癖があった。
学校から与えられた規制や社会のルールに疑問を感じていた。
だから人から与えれる「宿題」がキライで仕方なかったし、そもそも「キチンと」毎日学校にいく意味を考えてしまう癖があった。
その結果、学校に行くより自分で勉強したほうがいいという独りよがりな考えが突き進み、大事な高校3年生の時期に奇跡の年間36日欠席を果たしてしまった。
そして、センターの結果は、ヤってしまった。。
元々の志望から何ランクも下げて地元に残るしかなくなってしまった。
そして、大学に入ったワケだが、意中の所ではなかったのも手伝い、目的もなく遊んだ。
大学1、2年は何したかも覚えていない位遊んだ。
飲み代だけでひと月8万使った。
親に行き先も告げず友達の家に1ヶ月くらい居候したこともあった(僕は実家生)
そんな日々は楽しくあっと言う間だった。
しかし、得るものはほとんどなかった。
ただ過ぎていく日常。
良いとは思っていなくても、他になかった「目標」。
そんな時、転機が起きた。
たまたま、街中で大学生を対象としたスタンプラリーが行われることを知った。
お祭りごとは好きだったので友達何人かと行ってみることにした。
そこで企画運営していたのは、自分達と同じ大学生だった。
衝撃を受けた。
「誰かに楽しんでもらう為」に計画し、大学生にありがちな身内ノリだけでは無いイベント。
いや、悔しいと思った。
自分は、自分の為だけに行動し、何のフィードバックも出来ていない。
それが悔しかった。
だからその後すぐ連絡し、団体の名称を聞いた。
それが、「Doまんなかモール委員会」との出会いだった。
ドマンナカでは色んな事を学んだ。
ホウ・レン・ソウの大事さ、企画をする時にはいかに自分達でお金を出さないで相手に出してもらうか、一度ハデに失敗することの意味、など。
ほんとに、良い意味で「大学生」扱いを受けなかったと思う。
大学生は、ほんとに自由で、気ままで、一見かっこいい。
しかし、それは虚構であり、そいつがキラキラしているのではなく、「大学生」でいられるからかっこいいのだ。
社会に出たら牙を抜かれてキラキラしなくなった人を何人も知っていた。
大学生なんて、甘いんだ。
それで、「大学生」と呼ばれるのがキライだった。
そんな中で、大学生扱いしてもらえなかったことに、むしろ感謝している。
ドマンナカは宮崎市の中心市街地を活動基盤としている。
今まで僕が、キライ、と思っていた場所だ。
しかし、今は違うと思える。
自分が幼い頃は見えていなかった景色が見えはじめ、ダサいと思っていたあの場所が、愛しく思える。
まちの価値が、「発展性」だけではないと知ったから。
こう思えるようになったのも、良くも悪くも宮崎に居続けたからなのかもしれない。
だから、みんなにも宮崎の良いところに気づいてもらいたい。
宮崎のまちにしかない価値、ストーリーを知ってもらいたい。
そんな思いが今の僕を支えている。
フジパン
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