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ぼくが「人生をやめたい」
という気持ちから解放される
きっかけとなった言葉のひとつは、
 
病院にお見舞いに来て下さった
年配の女性がささやいてくれた言葉でした。
 
 
重度のうつ状態で
死にたいと思っていたぼくに、
その女性はこう言いました。
 
 
「そんなに死に急がなくても
 大丈夫ですよ。

 ちゃんといつかお迎えが
 きますから」
 

死にたい、死にたい
とばかり思っていたぼくの気持ちを
知っていたかのように、

何気なく言われたその言葉が、
ぼくの心に響きました。
 

それまではだれに何を言われても

「それはそうだけど、でも。。。」

とか

「そうはいっても、、、」

という感じでしたが、
この言葉だけはすんなりと
こころに入ってきました。

 
ぼくはこのように思ったのです。
  
 
「たしかに、
人ってだれでも死ぬんだよな。

どう生きようが、
結局終わりがくるんだよな。

そういう意味では、
だれもが平等なんだな」

 
それまで人と比較ばかりして
劣等感に苦しんでいたぼくでしたが、

死ぬという意味では平等だから
比較する必要もない。

苦しい気持ちが
和らいでいくのを感じました。


「まぁとりあえず生きてみよう」


そんな気持ちになりました。

ーーー

2012年12月17日のブーログ
さわとん人生ストーリー(全20回)
「メメント・モリ」より抜粋
https://ameblo.jp/sawaton/entry-11429176784.html

 
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昨日のfacebookで

 


うちのかーくんがいきなり  
「人は必ず死ぬのになぜ生きるの?」
 
みたいに質問してきたことを書いたら、いやぁ皆さんたくさんコメントしてくださって。それがそれぞれ深いいーー!
 
やっぱり人生を幸せに「生」きるためにも「死」って大きなテーマだなぁ。
 
頂いたコメントを見ながら、 ぼくの「原点」のことを思い出したので上に記載しました。
   
 
 
今思ってること。
  
   

人は生まれた瞬間から、死に向かってる。
 
ただそれだけのこと。 
生と死はコインの裏表のようにセット。
誰もが一緒。

 

 

 


かーくんが約6年前に生まれた日、彼を見て思った。
 
「あぁこの子もいつか旅立つんだな。
それまで楽しんでねー」
   
あはは、生まれた日に死のことを思った自分に笑っちゃったけどそれだけのことなんだ。
 

そして 
終わりがあるから、どう生きたっていい。
 
どう生きたって、大丈夫なんだ💪
  
 


ぼくの人生は自分のど真ん中🎯への旅。
ドラクエみたいなもんさ。 
さぁ今日も出発だぁ。ルーラ✨


 

 

こちらの著書「人生をやめたいと思ったとき読む本」でも死生観のことは書いています。