昭和20年8月6日 カジヤマさんの場合 | デビルメイクライMAD STYLE ダンちゃん&バーちゃん4コマ劇場

昭和20年8月6日 カジヤマさんの場合

士官候補生だったカジヤマさんは、その日、8月6日は休暇の予定でした。ヒロシマより東へ二駅ばかりの宿舎にいました。
朝から市内へ仲間と繰り出す計画だったのですが、班長が休暇届の提出を忘れていたのです。散々みなと憎まれ口をたたいては、それでも許可がおりるのを、待っていたといいます。

現在の奥様は広島市内、広電バスの通りにあるビルで働いていらっしゃいました。
ところが、その朝にかぎって、頭痛がひどく、上司にゆるしをもらって、地下の部屋で休むこととなり、そのまま眠ってしまったそうです

休暇許可を待つカジヤマさんたちが のんびり窓の外を眺めているとき、閃光は走ったのでした
数秒後に波が押し寄せるように、振動がやってきます
ビリビリビリっと屋根が、壁が、震える

「いまのはなんじゃったんかの」「宇品におとされたんかの」
仲間とのその会話は、いつもの延長のようであったといいます
しばらくして、市内の調査の任務が言い渡されます。休暇のことはもう頭の中にはありません。
市内へは電車を利用しました。すると窓の外にヒロシマ方面から走って逃げてくる人々が見える
その数は次第に増え、またその様子、衣服は破れ、ぼろぼろになっていくのを見るにつけ、「これは・・・」と、不安がつのっていったのでした。

ヒロシマに到着し、カジヤマさんたちは唖然とします。
いつもはビルで見えなかった、通りのずっと先までみとおせるほど、そこは破壊の街。
電車道にそって歩いて南下していきます。
バス停で赤ちゃんをおんぶした女性に出会います。
おぶられた赤ちゃんは、みただけで、もう息を引き取っているのがわかります。女性ももう、なにを着ているのわからない状態。
「バスはこんのでしょうか」
「バスはこんでしょう。はやく逃げなさい」
カジヤマさんにはそれしかいえなかったそうです。
たおれている、「たぶん中学生やとおもう」その子が「水をください」と訴えてくる
すでにカジヤマさんたちの頭の中もパニックがおこりはじめており、その子には
「あっちに救護所があったから、そこへいきんさい」というのがやっと。
そのことは現在まで、悔いているそうです。
「もうちょっとなんとかしてやれんかったかな、おもうんよね。死んだんじゃろね・・・」

一方、奥様のほうは、原爆投下後のパニックで混乱していた中で、休んでいることを忘れられていたようです。
上司が「あの娘が下でねよる!」とようやく思い出してくださらなかったら、その後崩れてしまうビルの中、知らずに命を落とすことになったのです。
奥様は、「そのとき」のことを、本当に何も気づかずに、眠っていたのでした

カジヤマさんは、それ以上のことを詳しくは口にしません
「あれは、地獄やった。死骸をふんでも、もう何もかんじんかった」

いま被爆体験を語ろうとする人がいる一方で、心の奥深くに沈めてしまいたいと思う人もいるのです

遅れた休暇届、突然の頭痛。
生死の運命というのはどこで線引きされているのでしょうか
運命のあるポイントに死の印はついているのかもしれないが、ほんとうに10万もの人々に同時に印はつけられていたのか。原爆がそこに向かって背中を押してしまったのではないか。
人が他人の背中を押すのは、励ましと、勇気の一歩を踏み出すときだけで、いい