なんやかんやで手術後から1ヶ月経ちました。
いろいろ不安になってネットでいろいろ検索してみた結果、
手術をする予定なんだけど、術後どんな感じ?っていう質問がたくさん出てたので、
少しでも参考になれば、という意味も込めことで(もちろん自分のための記録としても)
今日までの一ヶ月を書いてみたいと思います。
もう術後すぐの記憶はあやふやになってきてますが、
お恥ずかしながら、正直に言ってしまうと病名は「卵巣嚢腫捻転」というものでした。
かなり前からまれに太ももの付け根が痛くなり、ひどいときには歩くことも出来ないませんでした。
ちょうど一年ほど前には、授業中に痛くなり、学校の公用車で病院に運んでもらったほどです。
しかし、病院で診て貰っても原因は分からず。
非常に稀にしか痛くならないので、「のど元過ぎれば」的な感じになり、痛くないときにはほとんど気にすることもありませんでした。
今年に入り、痛いかな?と感じることが多くなりました。
またお腹には寝転ぶとぽっこりと出る大きな塊のようなものが。
しかし修士論文提出直前という焦りと、これまでも何度病院で診て貰ってもわからなかったしというあきらめから病院にいくことはありませんでした。
1月21日もこれまでの場合と同じように朝からなんとなく足の付け根が痛くなりました。
友達に相談したところ、
「忙しくて運動不足だからじゃないか、ストレスが溜まってるんじゃないか」と言われたことから、
この日、「ちょっと運動しよう」と思い、ジムに行きました。
次の日、朝は痛みが弱く、治まったと思っていたのですが、夕方から痛くなり始め、夜には冷や汗とともに強烈な痛みにおそわれるようになりました。
日付が変わり、午前3日時ごろ、シャワーを浴びたところ、痛みが和らぐどころか目眩がするほどの痛みが。
とうとう我慢が出来なくなり、少しでも歩くことが出来、声が出るうちに病院にと思い119番通報。
すぐに大学病院に搬送されたのですが、
激しい痛みのために質問にも答えられず、暴れまわるために検査も進まず。
原因が分からないために痛み止めの薬ももらえずに、もがき苦しむ魔の時間が続きました。。
しかし、症状からすごい便秘か婦人科系の病気の可能性が高いということですぐにCTを取ることになりました。
婦人科の先生による検査とCT検査の結果から、なんと10cm程度の腫瘍があることが判明!緊急手術することに!
朝6時、ようやく痛み止めをもらい、落ち着いたところで、手術の準備をし、
朝7時に手術開始。
手術後、腫瘍を出してみたところ、腫瘍は15センチもあったらしく、20cm近く切っての手術となりました。
しかも、その腫瘍がお腹の中で360度回転し、卵巣の血が止まっており、
激しい痛みは血がとまっていたことによるものらしいです。
手術後一日目
まだ麻酔が効いていたためか痛みはほぼ感じず、一体どこがどう切られているのか分かりませんでした。
しかし、一晩暴れ続けたためか、もしくは麻酔のためか、ひたすらに眠く、たまに看護婦さんが着てくれたときを除き、ひたすら寝ていました。ぼんやりとですが、たびたび、呼吸困難になり、看護婦さんが何度も飛んできてくれたのを覚えています。担当のお医者さんとも少し話をしたらしいのですが、まったく記憶がありません。
手術後二日目
朝から少しずつリクライニングベッドを起こしてもらい、お昼ごろには60度くらいの角度に座れるようになりました。また、両親と学校の先生が面会に。人と話すことで、すこしずつ頭が目覚めていく感じがし、痛みもないことから、お医者さんにはしばらく安静が必要といわれたものの、意外に早く治るんじゃないか、なんて思ってみたり。
お昼からは尿を採る管を抜いてもらい、歩く練習をすることに。ここで、そんな幻想は軽く打ち砕かれました。
ベッドから起き上がる度にお腹に感じたことのないほどの激痛が!まっすぐ立つことも、自分でズボンに足を通すことも靴を履くことすらできない!もうトイレに行きたくない、歩きたくない!いや、むしろ動きたくない!という状態に。
当然寝返りもうつ事が出来ず、横向きになると傷が痛むために、上向きで寝続けていました。そのために背中がとにかく痛い。これまでこんな長時間上だけを向いて寝てたことないし。
この日の午後が一番つらかったように思います。
しかし、他の方の記録を見てみると、私より切る幅が小さいひとでさえ、みんな二日くらいは身動きが取れなかったようなので、私はラッキーだったと思います。手術をしてくれた先生の腕がよかったからかも!感謝感謝です☆
三日目
研究室の後輩がお見舞いに。
ちょっと元気をもらい、また食事も出来るようになったものの、前日同様トイレのたびにすごい痛みがありました。そしてまだシャワーすら浴びれず。
四日目
看護婦さんに歩いて体力を付けるように言われ、病院の同階をいろいろ歩き回ることになりました。しかし、歩いているとどんどん傷が痛み出し、距離にして50mくらいが限界。お茶を買って帰ってくるのがやっと、という感じでした。また、まだベッドに入るときには激痛が。
またこの日は母が面会に来てくれました。しかし、ストレスが溜まっていたこともあり、また自分に余裕がない状態でいろいろと言われたこともあり、軽く怒ってしまいました。
五日目
少しずつ痛みが和らぎだし、歩けるように。前回の反省もむなしく、再び「退院するころには普通に生活できるようになるんじゃないか」なんて思ってみたり。午後には背中から入れていた薬を抜いてもらい、やっとこさ他の階にも行ってもいいという許可をもらったことが嬉しくて、痛くなってはそこら中にあるソファで他の患者さんんとおしゃべりしながら休憩しつつお散歩。しかしだんだん痛みが・・・。夜には部屋にこもりっきりに。その結果、看護婦さんにもっと運動しなさいと叱られてしまいました。でもまだ笑うとお腹すごい痛いし、地下に行くと花粉症なのかくしゃみがでて悶絶もんなんだもーん、なんて思ったり。またもともと貧血だったため、鉄分を採る薬を飲むことになったのですが、その薬を飲むと便秘になりがちになるらしく、便秘になるとお腹がはり、傷が痛むということもあったので、便秘薬を同時に飲むことになりました。
六日目
前日の看護婦さんからのお叱りもあり、朝から運動することに。
なんとなく人に会いたくない気分だったので、6階から地下一階まで降りて上って見ました。しかし、手術前みたいに動けない・・・。3階以降、ちょっと上ってはうずくまりの連続。しかし、根性で6階までなんとか上りきることが出来ました。
また、この日からシャワーを浴びてもいいという許可をもらいました。体力があるうちに、と思い、さっそくお昼からお風呂に入ってみたのですが、たった15分くらい立ちながらお湯にあたっただけなのに傷は痛むし、目は回るし、胸はこれまで感じたこともないほどドキドキ。何よりしんどくて気持ち悪い!何度非常時のボタンを押そうと思ったことか・・・。しかし、真っ裸を助けてもらうのもなんとなく恥ずかしいので、根性でシャワーから這い出ました。しばらくイスで休むものの、部屋まで歩いて戻るのがかなりつらかったです。素直につらくなってきたときにシャワーから出とけばよかった。自分の予想以上に体力の落ちは激しく、また傷もよくないことを実感しました。
午後からは後輩がお見舞いに。再び一緒に一緒に6階から地下まで降りて上ることに。しかし不思議と朝よりも痛くない。お医者さんに傷をふさぐテープ買ってきといてと言われたため、夕方あわてて階段を下りて薬局に向かったのですが、あわてすぎたのか階段から落ちてしまいました。腹筋が利かないためか、それはもう滑り台をすべるかのように落ちる落ちる。
結局閉店時間までに間に合わず、痛みを我慢して病室まで戻り、看護婦さんに笑い話として話したところ、すぐにお医者さんがとんできてくれ、ちょっと感動。無事、かすり傷で済んだようです。
七日目
この日も朝から運動。お昼には抜糸して(ホッチキスをプチプチ切って)もらいました。そしてテープを張ってもらっていたところ、両親が到着。その後、すぐにH島先生ご夫妻がお見舞いに来てくれました。奥さんには私の本心が分かっていたのか、励ましに泣きそうになりました。両親にすら言わなかったのに、ほんとに感謝です。今思うとあの言葉がなかったら、この後、私の心はしぼんでいったかも。二時間ほどしてH先生ご夫妻が帰られ、再び運動。やはりシャワーを浴びた後は歩けないほどに傷が痛い。またまだまだ背筋を伸ばして歩くことも出来ません。そして何よりすぐ眠くなるし、リクライニングなしには自分で起き上がることも出来ない!いろいろストレスが自分でも分かるほどにたまり始めた時期でした。そして、夜どうしても寝れず、生まれてはじめての睡眠薬。あっぱれな効きように驚きです!
八日目
朝のうちにシャワーを浴びてしまうことが日課に。経過は前日と横ばいか?という感じ。しかし、おへその下辺りがなにやら硬い感じに痛い。それを考えると前日より痛いか?この一週間目くらいから、お腹の痛みの和らぎが遅く感じられて、それまたストレス。
午後からは高校時代の後輩が来てくれて、面会時間いっぱいまで話をし続けました。夜にはちょっとリフレッシュした気分で快眠・・・のはずがまったく眠れず。一晩おきて過ごしました
九日目
朝から検査し、無事予定通り11日目で退院できることに。この日は検査があるということから面会を断っていたので、午後はのんびり。病気のことや人生について考えたりしてました。
私は部屋の空きがなく、個室に入っていたのですが、お隣の大部屋にはガンで入院されている方が大勢入院されていました。自分の想像以上に若い方の比率が高い!この方たちの様子を見て、また話をする中で、いろいろと考えさせられ、また勉強になりました。
腫瘍があった場所が場所なだけに、入院してからのこの日まで、自分の病気について人に言うのがなんとなくいやだったのですが、「まぁそれでも自分は自分か」と考えるようになり、人にも割りと普通に言えるようになりました。
子供が出来にくくなるんじゃないか、再発するんじゃないか、癌なんじゃないか、なんていう悩みが消えたわけではありませんが。
まだまだイスに長時間座ったり、前かがみになったりすることはできず、ほんの10分ぐらいでお腹が痛み出すものの歩くこと自体は直後に比べるとかなり自由にできるようになっていました。また、術後からあまり食欲がなかったのですが、この日くらいから急激に食欲ができてました。しかし、夜寝れないと言うのは治らず。体もまだまだ疲れやすく、眠いのに、夜寝ようとすると寝れない、という状態。看護婦さんに話し、早々に睡眠薬をもらい、就寝。
十日目
おへその下の痛みが治らず、エコーで見てもらうものの、異常は見つからず。お風呂のあとの痛みも依然強いまま。そして背筋を伸ばして歩くことも、自力で起き上がることも長時間座ることもできない。しかし、6階から1階まで休まずに階段を上り下りできるようになっていました。そしてお腹は痛むものの自分で退院準備ができたことに感動!普通のことが普通以下にしか出来ない。でも普通のことが普通異常に感じられる。そんな妙な感じの日々が新鮮に感じられ、神とやらに感謝しました。そして大学の先輩と長電話。久々に心から癒され、「あー普通でいいんだなー。私普通なんだ。」ということに安心感を覚えました。
次の日に迫った退院に、微妙な不安と、とってもよくしてくれた看護婦さん、そして笑わない先生との別れに妙なせつなさを感じ、眠れない夜をすごしました。
十一日目
朝10時に退院。久々に洋服に袖を通し、ピシッとしたコートを着て、無理して背筋伸ばして普通の振りして病室を痕に。退院手続きも平静を装いつつ行っている自分にちょっと笑えました。
しかし帰りの車のなかでは、車がカーブするたびにお腹に激痛が走り大騒ぎ。ちゃんと修士論文を出せるのか超不安でしたが、1時間イスにすわることもできないため、学校に行けるわけもなく、自宅療養することなりました。
また、運動をかねてこの日からデパート散歩を始めました。時々立ち止まってのお買い物しながらのこの散歩、この時点で一時間くらいしか出来なかった覚えがあります。また、心にもまったく余裕がなく、普段あまりイライラしないのですが、この日はとにかくイライラしていました。
十二日目、十三日目、十四日目、十五日目
まだ直角に長時間座れない、腹筋や腰を回すような動作、重いものをもつことなどができないものの、デパート散歩はかなり長い時間(3時間程度)することができるようになり、またWiiで運動なんかも出来るようになりました。そしてすごい食欲。かなり太りました。太ると痛いからダメって言われてたのに・・・。
十六日目、十七日目、十八日目
京都の下宿に帰宅。まずもって自転車にのれない!足が上がらず、自転車をまたぐことが出来ない。体はかなり疲れやすく、集中力も手術前に比べるとまったくなくなってしまったのですが、そんなことも言ってられず、根性で修士論文やら書類やらを書きまくる日々。ずっとイスに座っていられないので、周囲に誰もいないときにこっそり立てひざで作業したり、お昼休みはソファーで寝たり。みんなそんな様子に変な気を使うこともなく、普通に接してくれてほんとに感謝です。とにかくこの3日間は精神力で乗り越えた感じがあります。また痛みからか、ストレスからか夜寝れない。なんか今思い返すと、「よく頑張ったな、自分」って感じ。
十九日目
無理がたたり、家でばてて過ごす一日。体力も気力も底をついていました。しかし、だいぶ傷の痛みは和らぎ、あとの問題は体力。安静1ヶ月治るのに3ヶ月なんて言われていたのですが、それより早く治るな、なんて感じてました。
だってこの時点で、ダイエット体操してましたから。
二十日目、二十一日目、二十二日目
実家に帰省し、三日連続で電車に乗って移動し、歩いて近くを旅行。
全然歩ける!しかし夕方に一日中は眠くて眠くてご飯前に一眠り、ご飯後にも一眠り。にしてもさらにすごい食欲。実際太るとお腹痛いです・・・。
二十四日目
歩けるから座れると思ったら大間違い!座ってるとすごく痛くて勉強できない!二日後に修士論文発表が迫っていましたが、大事をとって休むことにしました。この日、再び痛み止めを飲みました。
二十五日目ー
少しずつ腹筋が使えるようになり、またちょこちょこと走れるようにもなってきました。
体力はまだまだ依然に比べると全然です。
また座っていられるようにもなってきました。
しかし、激しい運動や体をねじるような動きには違和感がかなりあり、恐怖心もあって、することが出来ません。
また時折痛みのために薬を飲むことや、関係があるのか分かりませんが、頭痛もこの日までずっと少なからずありました。
約30日目
現在、二日後に迫った引越しのための片づけをしています。重いものや高いところのものを持ったりする必要もあるのですが、当然一人では出来ません。また急激にお腹を伸ばすような(落ちたものを拾うとか、キックするとか)動きをすると傷に激痛が走り、しばらく痛いです。歩くことに不自由は感じませんが、足がだるくなりやすく、よく転びます。腹筋もまだまだ戻りません。時期的にお酒を飲むこともありますが、その後なんとなく傷が痛い気もしますが、気のせいかもしれません。湯船にも浸かることができません。
あと、関係あるか分かりませんが、秋ごろから急激に体重が増加しました。手術して最近になり、体重は戻りつつあります。ってか腫瘍がでかく、重かった分、手術前よりは確実に細くなりましたw
傷はまだまだ傷のままです。痕ではなく、まだぱっくり割れてる傷。開かないようにテープで固定していますが、それでもやっぱり痛いです。目立たなくなるといわれてますが、現在のところ不明です。腹帯っていうベルトみたいなのを締めるようはじめは言われてたのですが、歩いているとだんだんあがってきて、傷口に腹帯の端が当たって痛いのでしてません。
旅行は・・・今すぐ行くのは無理だと思いますが、私は一週間後に日本を飛び出す予定です。あさっての検診がOKなら。
子供は、今は出来にくいのかも。2個ある卵巣のうちの1個は完全ではないので。そういう意味では次に右側の卵巣に出来てしまうことが一番怖いです。
再発の可能性もあります。そんな風にびびってると、いろんな痛みに敏感になって、ほんとに右側の足の付け根が痛い気がします。でも、あさって検診があるので、それまではあまり考えないようにしています。考えてもわかんないし。
ガンの可能性もあります。可能性は低い様ですが。正直怖いです。でもそれでも私は自分の人生を愛せるってこの前一晩もんもんした結果思うようになりました。(もちろん、実際に告知されたらそう思えなくなるかもしれませんが、)。でもできることなら、そういう日がくるまで、日々やりたいことに正直に、でも焦らずマイペースに、幸せを味わう余裕をもって、最大限生きていけたらと思います。
まとめると、
仕事・・・お医者さんには安静1ヶ月でそれからと、またネットでは入院一ヶ月、その後自宅で一ヶ月、仕事はその後、なんて書いてあるものもありました。
私の感覚では25日後くらいからならそれなりに出来るんじゃないかと。頑張ればもっと早く(17日後くらい?)からいけるかもしれませんが、ときどき痛みがきて座ってられなくなる&疲れやすく仕事にならない&次の日にくる、って感じで周りの理解がない環境では反感をかいそう?私も修士論文がないなら休んでたと思います。いや、私の場合はがっつり20cm弱の開腹だったので、もっと幅が小さければ違うのかもしれませんが。
旅行・・・私は二十日目で初めて行きましたが、旅行は立ち止まることも多く、歩くのはそんなにつらくないので意外にいけるんじゃないかと。海外旅行は未知の領域。
周りの人たち・・・やっぱり病気には周りの人の理解がかなり大事かと。よく言われることですが。理解ってなんじゃと思うかもしれませんが、相手に合わしてあげるって言うか。やっぱりできること、できないこと、その程度は本人しか分かりません。なんか妙にやることなすこと遅かったり、変な行動取ってるようでも、本人の最大限の頑張りなのかも。神経質になっちゃうときもあるけど、そんなけ本人が頑張ってるってことだと思います。また病気について、話したいときはただ聞き、話さないときはほっとく。変にネットで見た情報とか人から聞いた情報とかを言わない。本人が一番調べて、専門家であるお医者さんの話を聞いてますから。もうそれ以上いろいろ言われると混乱するし、不安になるし、もう知ってるって思っちゃうし。
でも話したいけど、きっかけがって感じのときには軽く話題を振ってあげるのもやさしさ?
そういう意味では、私の周りの人は最高でした。お医者さんも看護婦さんも大好きで(ってか別れが寂しいから退院したくないってなんだ?って感じですが)。先生も最大限の思いやりをもって接してくれて、先輩も後輩も普通に接しつついたわり、励ましてくれて、みんな大好きです!!
私も周りの人がもし病気になっちゃったりしたら、そんなこと考えたくないけど、頑張ろうって思います
だらだら長い文章になってしまった・・・。いつか笑い話になりますように☆