最近メディアでは「勝ち組」や「負け組」
さらには、「負け犬の遠吠え」なんて本も出版されています。
それについて私は思うことがあります。
この世の中に生まれてきたという事は、
みんな「勝ち組」であるのではないか?
我々人間は父親が生み出した何万個の精子、いわば生命体の中から
たった一つ選ばれ、この世に生まれてきた、
という経緯を誰もが持っています。
その中でも更なる幸せ人々は求めます。
「幸せって何だろう?」
皆さんにとって幸せとは何ですか?
今皆さんは幸せですか?
私は幸せです。
家族がいて、友達がいて、片思いでも好きな人がいて、
いろんな人と会話する事が出来て、TVが観れて、
好きなCDが聴けて、好きな服を着ることが出来る。
お金もかかりますが、自分の人生を自分で決める事が出来て…
そんな誰もが気付かない些細な事かもしれませんが、
私は幸せの中にいるのではないかと。そう思います。
たまにはくじける事だってあります。
涙を流す事もあります。
でもその涙はいつか幸せを掴む為の涙になり得る事も知っています。
もし自分がどこか不自由を持って生まれてきたのだとしたらそれは、
確かに「私だけが何で?何で私が?」
と思うときもあるかもしれません。
しかし、この世に生まれてきた限り、私はそれを「試練」だと思います。
自分に不自由があったっとするならば逆に「才能」も授かったのではないかとも。
必死に授かった才能を探すと思います。
人々は不自由を持った人間を時に非難し、軽蔑します。
それは試練を授かったものからすればとても酷なものです。
もしかしたら才能を授かっていないかもしれません。
でも、試練を授かったものからすれば、
いわゆる、普通の人たちに抵抗はあるかもしれないが、
そこで一人でも親友を作る事が出来れば、恋愛をする事が出来れば、
私が云う幸せよりもより大きな幸せなのではないかと思います。
私がここで綴っているものはきれい事と、批判する人もいるかもしれません。
でも自分にとって幸せなものであればそれは紛れもなく、
「幸せを手にした」といえるのではないでしょうか?
これからも私は、更なる幸せを求めて走り続けます。
この世にこれ以上ない幸せなんてきっとないと思うから・・・