魂の資質を知って *☆*
自分らしく生きる
自愛コンサルタントの 勝美イルカです
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世界観ブログ
第48話 アトピー性皮膚炎と自律神経失調症で退社の流れ
まだまだ混沌としている最中、
仕事は、朝10時~夜22時過ぎまで、
自宅から片道1時間40分掛けて、
設計事務所へ通っていました。
仕事の内容には、満足していたのですが、
日の当たらない事務所に、缶詰になって、
ずっと図面を書いて、好きだったことも
段々とストレスとなって来ていたのです。
4年半ほど勤めた頃、
初めに、
首が痛くなって、整体に通って、
少し良くなった頃
次に体中に湿疹が吹き出しました。
あせって、皮膚科に行ったところ、
アトピー性皮膚炎と診断されました。
アトピーって、子供がなるものだと
思っていたので、始めびっくりしていたのですが、
処方された薬(ステロイド剤)を塗りたくなかったけど、全身に塗ったら、
2週間でほぼ治って、ホッとしていました。
仕事も、私が初の住宅一軒を担当する話が来て、
わ~~~!大変だ、頑張らないと!
と思って間もなく、
38.4分の熱が出始めて、
ずっと下がらず、病院に行ったところ、
自律神経失調症と言われ、
自宅で療養することになったのです。
自宅で休みだして、
いつ復帰できるのか、自分でも気にしながら、
自宅で療養していたのですが、
まったく治る気配もなく、
私が担当する物件も、同僚にお願いして、
約1ヶ月くらい経った頃に、
同僚のSIさん*から、
*SIさんは、M氏が某大手ゼネコンで設計長していた頃の部下で、
M氏を追って、ゼネコンを退職して、M氏の事務所に入ってきた方。
私と同じ年の東大大学院卒の超エリートでした。
SIさん
「かつみちゃん、この仕事は体力勝負だから、
体力に自信なかったら、辞めたら?!」
と言われたのです。
かなりショックでした![]()
ですが、
SIさんの言う通りだなって思えたのです。
私のような存在が、いつ復帰できるかどうなのか?
そんな状況で、ずっと席を確保されるよりも、
思い切って、辞めた方が、
迷惑にならないだろうと思いました。
今まで、積んできた私のキャリアは、
水の泡となりますが、
それでも、体のことを思うと、
健康に変えられないと思って、
思い切って、退職することにしたのです。
当時の社長のM氏は、
「元気になったら、戻って来いよ」とおっしゃってくださったのですが、
もちろん、一度辞めたら戻れるとは思っていませんでした。
私は、当時、この社長のM氏のことが、
憧れの存在で、M氏の事務所に入ってきたけども、
こんな形になってしまって、迷惑を掛けてしまったと思ったし、
自分が思っていた以上に、
仕事が出来ない自分は、
この事務所に相応しくないと思うように
なっていたので、正直辞めることで
ホットした気持ちにもなっていました。
心の底では、
M氏のようなお父さんがいたらなぁ~って、
思っている自分にも気がついて、
憧れの父親像から、離れることになったのです。
とても切なく淋しかったのです。
仕事を辞めてみて、
自分は、どうなってしまうんだろう?・・・
この後、どうやって生きていくんだろう?・・・
いろんな考えが湧いて来ましたが、
驚いたことに
退職して間もなく、
ずっ~~と続いていた、高熱の38.4分が、
平熱の36.4分に下がったのです![]()
退職して1週間もしない内でした。
私の体は、あの事務所を拒絶していたのかもしれない・・・。
と思えるようになったのです。
え~~~~!
あんなにやりたいと思っていた仕事なのに、
本当は、ずっと無理やりやっていたのかもしれない。
自分に向かないなんて、言い訳きかない世界。
やるしかないって、いつしか思っていたのでした。
理想では、
ここでずっとやって、建築士の資格を取って、
M氏の片腕とまでも行かなくても、
指の1本にでもなって・・・
理想の世界を構築していたのです。
でも、私の肉体は正直なもので、
ずっと、無理をしていたのでした。
肉体は、無意識を
ずっと受け留めていたのです。
つづく
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