自分らしく生きる
自愛コンサルタントの 勝美イルカです
ブログのご訪問ありがとうございます。
今の私に至ったのは?
という世界観を書いています
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世界観ブログ
第8話 転校生時代
小学3年生の時、
同じ立川市内で引っ越すことになり、
小学校を転校することになりました。
転校先は、今までの学校と雰囲気が違って、
先生が、ばっちり取り仕切ってる方でした。
転校したての頃、
前に座っていたクラスメイトに、
「このえんぴつちょうだい。この消しゴムちょうだい・・」と、
私の筆箱の中身が半分くらいになってしまって、
それでも【嫌だと言えない】私がいたました。
まるで借りてきた猫のように、
萎縮していた私でした。
「お前の両親は、リコンしたんかよ!」
なぜか、離婚したことをなじる子もいて、
私の中で、なんで?
両親が離婚したことで、そんなに言われなくっちゃならないの?
と、疑問が湧いたのでした。
近所の男の子は、
「おまえ、父親がいないのかよ!」といって、石を投げてきた子もいました。
父親がいないことが、そんなに問題なのか?
そんなにおかしなことなの?
当時は悲しかったし、どこに苛立ちを向けて良いのかわからなかったです。
今の時代と違うのだろうけども、当時は離婚は少なく。
シングルマザーなんて、言葉もないくらい、離婚する夫婦は珍しく、
殆どの家庭は、父親が仕事に出て、母親は家で専業主婦。
当時、私にとって、後ろ盾になってくれる、
失った父親の存在を大きく感じていました。
徐々に、お友達も出来るようになって、
私が虐めのターゲットにならない為にも、
お勉強は、そこそこ頑張ったのでした☆
父親のいない私は、背中が淋しそうに見えるのか?
そんなつもりもなかったけども、
私は、虐めになんか、負けない!
それには、私には母の頑張りがあったからでした。
母が一生懸命働いてくれる姿は、
一人っ子には淋しさはあるけども、
私にとっての愛と誇りそのものだったのです。
日常的には、相変わらず、一人の時間が多い私は、
当時、お勉強の参考書と問題集で、算数にハマって、
ゲームのように、問題を解くことに快感を覚えて、
片っ端から、問題を解き始めました。
今思うと、虚しいや淋しい気持ちを感じない方法として、
ゲームのように、問題集に向かっていたのだと思います。
小5から高3まで、
お陰様で算数・数学のテストはずっと100点でした☆
反対に、本を読もうとすると、眠気に勝てず一切読まなかった私は、
国語の点数は、恐ろしいくらい悪かったです(笑)
未だに、漢字は苦手です![]()
今思うと、国語が出来なかった理由の一つに、
当時の友人が、「お母さんが本を読んでくれる」と言って、
本が好きになった。と聞いた時に、
ふ~~ん。
母が本を読んでくれないし、
だったら本は読まなければいい。って、
決めたような?記憶もあります。
子供の得意不得意なんて、
こんな他愛も無いことで、決まってしまうのかもしれませね♪
つづく
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