自分らしく生きる

自愛カウンセラーの 勝美イルカです

 

今の私に至ったのは?

という世界観を書いています

 

前回のブログ 

第4話 離婚後の父は

 

 

世界観ブログ

第5話 母のお店でダンボール寝

 

今思えば、両親の離婚は、

子供の私にとって衝撃的な変化だった。

 

母は、当時東京に住んでいた母の姉を呼んで、

一緒にスナックを交代で遅番早番でお店を切り盛りしてました。

 

はっきりとした時間は覚えていなけれど、

4時頃に仕込みに早番で行くと、

遅番は、私に夕飯を食べさせて、

7時頃には、家を出る。

 

小さかった私は、無理やり寝かされて、

まだ夜になったばかりで・・

部屋の電気も消されて、

 

ほぼ真っ暗な中で、目が覚めると

部屋で一人でいるのが

めちゃくちゃ怖かったです!!!

 

部屋の電気の紐スウィッチを、まだ背が低くて届かない私は、

台所の天窓から、外の光を頼りに、

いろんなものを使って、外に脱出することに成功(笑)

 

隣りとの境界の塀をつたわって降りて、

なんと、自宅から母のスナックまで

大人の足で、10分以上あるところを

夜道を歩いて、お店まで行きました。

 

お店に入るのも、扉をそーと開けて中に入り、

母に見つかって、当然大騒ぎになる(笑)

 

お店の奥に、荷物置きがあって、

そこに大きめのダンボールがあり、

その中で、母の仕事が終わるまで

寝ていたのを思い出します。

 

時々、お客さんが気づいて、

かわいい女の子が寝ていると

評判になっていたようです。

 

お店が終わると、

母の自転車の後ろに乗って、

屋台のラーメンを食べたのを覚えています。

 

真夜中に自宅に帰って来て、

当然、朝早く起きることもなく、

昼近くまで寝たいだろうに、

 

時々、私を保育園に送る時刻を過ぎて

お昼過ぎに着いて、

先生からは、不評で・・・

 

昼食とおやつの時間には、

私が通ったキリスト教の保育園では、

必ず、『父と子と精霊の御名において、アーメン』と

言えるまで立たされて、、、

 

私は、上手く言えずドモルようになっていました。

とっても緊張したんです。

 

どうにかこうにか、

保育園を卒園して、

小学校に通うようになりました。

 

 

つづく

 

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