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MERKABA~マカバ~

ヘクサグラムからマカバになるっていいことだよね?

徳島の阿波踊りは、昔はスローテンポの哀愁漂う盆踊りだった。

阿波踊り

テンポが速くなり、動きも激しくなって、全国に知られるお祭となった。

阿波踊り

伝統の「統」は、全体につながるすじとか、全体をひとすじにまとめるという意味がある。

変わらない、変えないことが伝統ではなくて、新しいことを取り入れながら、綿々と続けていくことが伝統。




アケメネス朝ペルシャのキュロス大王は魚の冠を被っていた。

ナザレのイエスも象徴するものは魚。


古代文明は川沿いに栄えた。川は人間の生命を支えていた。

その中を自由に泳いでいたのは魚。


魚は、神に愛された者の象徴なんだろうな。



東松山市花火大会2014


寺社に足を向ける人が多いのは、人間がやることには限界があると心の底で気づいてるからなんだよね。




一昨年2012年の大晦日に高野山に行き

夕飯のときに付けられたミサンガ。

高野山

虎のスゴイ彫刻がある~なんて

周りに気を取られている間に

「ハイ、手を出してぇ~」的に

取付けが完了してた(^^;

高野山

あれから、1年8ヶ月になろうとしてる。

高野山


高野山、寒かった...

夏なら、また行きたい!

高野山

先月の古事記素読コースでは大国主神の国譲りの部分で「うしはく」という語句の説明がありました。これは神社検定公式テキスト・要語集の中の項目の1つで、こんな細かいことは出題されないだろうとは思っていましたが、実際、出題されたのです。

『古事記』は、やまとことば=話し言葉で書き記されてはいますが、1300年前のことなので、現代に直結している言葉とは言えません。
現代では使われなくなった言葉
同じ音ではあるが意味が違っている言葉
現代でも通じる言葉
が混在しているのです。

それが理解しにくくもあり、味わい深くもあるのです。

「うしはく」、「しらす」という2つの言葉は、単純には両方とも「国を治める」ということです。

本居宣長の『古事記伝』によれば

うしはく
ある地方の土地・人民を我が物として、即ち我が私有物として領有支配すること。

しらす
人が自己以外のが遺物と接する場合、即ち見るも聞くも嗅ぐも飲むも知るも、みな自分以外にある他の物を我が身の内に受け入れて、気持ちの上で、他の物と我とが1つになること、即ち自他の区別がなくなって1つに溶け込んでしまうこと。

武甕槌神(たけみかづちのかみ)は

あなたが、うしはいている葦原中津国は、わが御子がしらすべき国であると天照大御神が申されているが、あなたのお考えはいかがであるか承りたい

と大国主神に迫るのです。

この2つの言葉を単純に「治める」としては、台無しでしょう?

現代の天皇陛下のお言葉の中に「国民と共に」があります。これが「しらす」の心であると思うの
です。