まほろば。 | MERKABA~マカバ~

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ヘクサグラムからマカバになるっていいことだよね?

奈良に行って私が思い出すのは
さだまさしの歌。

春日山から飛火野(とびひの)辺り
ゆらゆらと影ばかり泥(なず)む夕暮れ
馬酔木(あせび)の森の馬酔木
(まよいぎ)にたずねたずねた帰り道

という出だしのフレーズと

日は昇り日は沈み、振り向けば
何もかも移ろい去って
青丹よし平城山(ならやま)の空に満月


という最後のフレーズ。

歌のタイトルは思い出せなかったけれど
最近「まほろば」であったと知る。

「まほろば」とは
「素晴らしい所」「住みやすい所」を
意味する日本の古語で

倭(やまと)は国のまほろば
たたなづく青垣
山隠(やまこも)れる
倭しうるはし


と古事記では倭武命ヤマトタケルノミコト
日本書紀では景行天皇による和歌に
歌われているのが有名。

ヤマトタケルあるいは景行天皇が歌った
倭は、さだまさしが「まほろば」で歌う
地域とは違う。

第12代景行天皇は70年から130年と
60年も在位していたが、都は
現在は桜井市の巻向日代宮。

ヤマトタケルは景行天皇の皇子なので
住み親しんでいたのはやはり桜井市
近辺であろう。

景行天皇は、晩年、滋賀県大津市の
志賀高穴穂宮に移り、望郷の思いを
こめたのがこの歌だということらしい。

晩年になってから滋賀県に移ったのに
御陵は天理市にある。
山の辺道上陵
やまのべのみちのえりょう
渋谷向山古墳である。
(しぶたにむこうやま)

全長300m超の前方後円墳。

なぜ、滋賀に移ったのかな。
...そこまで突き詰めなくてもいいか。

この景行天皇は、オソロシク子沢山。

ヤマトタケルは皇后の息子なのだが
皇后が2人、妃が8人記録に残され
そのうえ、母親がわからない子供もいて
80人の父親だったとか。

住みやすい素晴らしい所にいると
子沢山になるのかな。
なるんだろうな。