神田明神(2)御祭神 | MERKABA~マカバ~

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神田明神の御祭神は


大己貴命


一ノ宮
大己貴命おおなむちのみこと
一般的には「だいこく様」
別名:大国主命おおくにぬしのみこと

大国主命といえば出雲大社。

出雲の神様が何故東京にいるのか?

神田明神の創建は、意外に古く

天平2年(730年)に出雲氏族で大己貴命の

子孫・真神田臣(まかんだおみ)による

というのだ。


今年は古事記編纂1300年の年。

712年に古事記ができあがって

8年後には日本書紀。


古事記にしても日本書紀にしても

大和朝廷の正統性を無理強いしている

と思うのは私だけではないはず。


大和朝廷が基盤を固め、勢力を伸ばそうと

している頃、出雲からこの地に大己貴命の

子孫がやってくるなんて...


出雲と大和の間での争いのためか

大和朝廷が東国に勢力を伸ばすための

布石のためか...

...ま、どっちでもいいんですけど。


この石像は、だいこく様の石像としては

日本一大きいんですって。


少彦名命


二ノ宮
少彦名命すくなひこなのみこと
一般的には「えびす様」

少彦名命はイザナミやイザナギより前に

現れた高皇産霊神(たかみむすひのかみ)

という万物の生産の神の子供で

大国主命の国造りを手伝ったという。

海の彼方・常世(とこよ)の国からやってきて

手のひらに乗るほど小さな姿ながら知恵に

優れていたとか。


神田明神に祀られるようになったのは明治

7年。その前にどちらにいらしたのかは謎。





三ノ宮は平将門命。写真は三ノ宮のお神輿。

平将門といえば、大手町に首塚があるが

そこが神田神社の創建の地でもある。

大己貴命は移ってOKでも

将門さまのこの地への思い入れは

どうにもならなかったらしい...


それでも神田明神で将門さまをお祀り

しているのは、江戸幕府の朝廷に対する

対抗心とも言われてはいるが、日本の

八百万の神の中には、福伸だけではなく

病気を起こすといわれるような神様もおり

そういった神様を大切にお祀りすることで

病気を防ぐという考え方がある。


祟りを起こすと言われた将門さまを大切に

祀ることで、江戸の災いを防ぐ、厄除けと

いうことになっている。